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空/折 「Happiness tree 」 


空折ったーで、『キース(樹木医)×イワン(フツーのカレリン)』
というお題をお友達が引いたのだとか。
「フツーのカレリン」っていうのがどこまで普通か考えて、
ヒーローやってる・ネガティブ思考のイワンと一般人キースが出会ったら…
であれば萌えるな、ということになりました。
設定の出だしのみですが、よかったら。

ところで今週、実はわたくし誕生日なのです。
祝ってもらう、よりも日頃の感謝をカタチに…ということで、
いつも見に来て下さっている方へ感謝をこめて!
週3はムリかもですけどなるべく今週はSSを更新してみようかなーと思ってます。


…実は、ほぼ毎年誕生日は休んで遊びに行ってたんですけど、
今年は仕事がバタバタで休めないもので。別の遊びを開発しました(笑)。



 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


Happiness tree



 その日はとにかくきれいな空だった。
 それが、すべてのはじまりだったのだ。イワンはそう思い返す。
 目を覚まして窓を開けると、夏のはじまりを告げる、濃い青空が目に飛び込んできた。
 だから、ちょっと歩いてみようかなという気になった。
 土日ともなれば、やけに着飾った女性たちや雑誌から抜け出してきたようなカップルが練り歩く、お洒落すぎる商店街も平日の昼間である今は閑散としていた。
 石畳の舗道にも店という店にもどこか寝ぼけたような雰囲気が充満していて、居心地がよかった。これが休日の午後だったら居たたまれなくなると思う。
 何に使うんだろうというような雑貨の並んだ店も、ゼロがひとつ多いんじゃないかと思えるTシャツの専門店も、どこからどう見ても冷やかしの客であるイワンを見て見ぬフリをするようにほったらかしておいてくれた。
 商店街の終わりのあたりまできて、イワンの目は街路樹の陰に吸い寄せられた。
 金色の犬だった。木の隣にお座りをしている。長い毛並みは陽射しを反射して、茶色の目がキラキラと輝いていた。目があうと、パタパタと元気よく尻尾を振ってみせる。笑いかけるように口を少し開いて舌を覗かせている。
 このエリアで唯一、生気に満ちた目をした生き物だった。確か、ゴールデン・レトリバーとかいう犬種だった気がする。
 青い首輪をしている。しかし、隣に飼い主は立っていなかった。
 どうしたんだ、迷子なの? 心の中でそうつぶやきながら近づいていくと、突然大きな声がした。
「よかったよ、ジョン! 大丈夫そうだ!」
「……う、わ」
 等間隔で並ぶ街路樹の、犬がお座りをしている場所より一本奥の木から男が走り寄ってきたのだ。
 思わずイワンはギョッとしておかしな声をあげてしまう。
 驚いた顔で動きを止めたイワンと、犬の飼い主らしき男の目があった。
「ああ、びっくりさせてしまったようだね。申し訳ない!」
 男は満面の笑みで言った。謝っているという感じはしない。でも、不思議と悪い感じもしない。
「あ…いえ……」
 会釈を返しながらイワンは、たぶんこの人が心の底から嬉しそうな顔つきをしてるからだな、と思う。
 ジョンという名前らしい犬も、そりゃ良かったねと言い返しそうな様子で尻尾をブンブン振っている。
 男と犬の横を通り抜けて商店街を出ようとしたイワンがハッとなって足を止めた。
 一人と一匹が眺めているものに気がついて。
「この木……」
 見覚えがあった。
「そうなんだ! かわいそうだろう!」
 男がくるりと振り向く。急に話を振られてイワンは硬直してしまう。
「TVにこの木が映ったときは驚いたよ。この近くに来る用があったから、実物を見に来たんだ」
 僕も驚いたんですよね、あの時。イワンは心の中で言い返す。
 武器を具現化する、などという物騒なNEXTを持った男が暴れはじめたのだ。しかも、その男は自分のNEXTに気づいてから何年もの間、様々な格闘技を習得していったらしい。マニアだ。細面のサラリーマンみたいだったのにやけに強かった。
 アクション系のバトルゲームでしか見たことのないような武器を次々繰り出してきたことにも驚いたが、何より現場に一番に駆けつけてしまったのがイワンこと折紙サイクロンだったことが驚きだった。
 しかも、接近戦のバトルならタイガー&バーナビーに任せたいところだが、彼らバディとロックバイソンは市の反対側でイベントに参加中だった。
 カンフーで対戦してくれそうなドラゴンキッド、男を足止めしてくれそうなファイヤーエンブレムやブルーローズも到着に時間がかかると通信が入る。
 ヒーローマスクに取りつけられたマイクに「え、まじですか」とつぶやいてしまったくらいだ。
 折悪しく、男が暴れはじめたのは休日の午後だった。買い物客でごったがえすエリアに侵入させてはならない。
 いつもならほとんど飾りになっている背中の大手裏剣と腰の二本差しを抜いて応戦することになった。無我夢中でよく覚えていないが、どちらかの武器が木に当たったのだ。他のヒーローたちも駆けつけ、武器&格闘技マニアの男は無事にお縄となった。
 もう二度とあんなにピンで画面の中央に映ることなんてないのかもしれないなぁ、と事件を振り返った。
「大変な事件だったらしいね。刃物で樹皮を剥かれてしまっている。でも良かった、まだ形成層が少し残っているらしい」
「ケイセイソウ?」
「樹皮のすぐ下には、葉で作られた養分を下に送る道と、根から吸った水分を上に送る道がある。その道を作るのが形成層といってね、これが10センチでもぐるっと剥かれると、そこで栄養のやりとりがストップしてしまうんだよ」
 へぇ、とイワンはつぶやく。
「木を切り倒すより、皮を一周剥いてしまうほうが、木にはダメージが大きいんだ」
「それは、あの…すいません……」
 イワンは思わずそう言ってしまう。真っ直ぐに伸びて、たくさんの葉を繁らせている木だ。
 自分の刀が傷をつけたのかもしれないし、たとえ犯人の男がやったことだとしても、この手前で食い止められたかもしれないと思ったからだ。
 しかし、イワンの謝罪を聞いた木に詳しい男は、そうと受け取らなかった。
「ああ、すまない、そして申し訳ない! 急にこんな話に付き合わせてしまって! いつも言われるんだ、木の話を押しつけるのは控えたほうがいいと!」
「……えっ」
 わふ、と二人の足元でゴールデン・レトリバーがあくびをする。男は頭を掻いた。
「これはいけない。ジョンにまで退屈されてしまった」
「いや、別に、そんなに退屈じゃ……」
 もそもそとイワンは言って、けれどいつまでも街路樹を眺めているわけにもいかないのも事実だった。
「じゃあ、あの僕、こっちなんで」
 イワンは所属会社へ続く道路を指差す。
「引き止めて悪かったね。私はキースだ」
「へ?」
 何を言われたか一瞬わからなかった。キースというのがこの人の名前だと気づいて、イワンも返した。
「あ、僕は、イワンです」
「そう。いい名前だ。ではイワンくん、良い一日を!」
 キースという名の男が手を振り、ジョンという名の犬も尻尾を振る。
 イワンは会釈を送ると、そそくさと出社の足を早めた。


「お疲れ様でしたぁ」「お疲れ様ー」
 収録が終わり、出演者やスタッフたちが声をかけあう。
「折紙サイクロンさんのコスチュームって忍者がモチーフですけど、意外に自然の中も似合いますね」
 タレントの女の子がそんなことを話しかけてくる。
 慌ててマネージャーらしき男性が「こらこら」と嗜めようとするのは、コスチュームという発言のせいだろうか、意外にの部分だろうか。
 別に構わないのに、とイワンは思った。自分なりに調べてみたこともあるが、このヒーロースーツの首から下はともかく、マスクの部分は歌舞伎の隈取りを取り入れているみたいだし。
 もし自分が苦み走ったいい男に成長出来たら、そのときは『影の軍団』のハンゾー・ハットリみたいなタイプのマスクにマイナーチェンジさせて貰えないかな、なんて半分妄想のような考えもないわけではないが。
 まぁそれをここで一から説明するわけにもいかないので、「ありがたいお言葉でござる」と一礼すると、女の子はきゃっきゃと笑って、マネージャー氏はホッとした顔をしていた。
「ぺったんこの靴なんて履くの久しぶりすぎ。脚が太く映っちゃってたかなぁ」
 タレントの女の子がマネージャーに愚痴るのが聞こえる。イワンはスタッフに案内されて控え室に向かいながら、彼女のその根性に感心した。あの脚が太く見えるなら、それはTVの故障でしかありえないだろう。
 イワンは、折紙サイクロンとして情報番組にゲスト出演していた。
 広いシュテルンビルトの特定のエリアを回ごとに取り上げて、視聴者からの投稿を紹介したり、局が取材した内容を紹介したり、ディープな魅力を伝える番組だ。
 今回は中央公園とその周辺についての特集で、普通ならスタジオで収録するのを、目先を変えようということなのか公園内で撮影することになった。
 司会のコメディアンが「低予算番組なのでついにスタジオが使えなくなりました」と冒頭で言って笑いをとっていた。いくら何でも冗談だろう。
 いい季節だし、いい陽気で、ヒーロースーツ越しとはいえイワンも気分よく撮影に参加できた。
 案内された控え室は、公園の管理事務所の一角だった。イワンはそこでヒーロースーツを脱ぎ、普段着に戻る。
 本来なら自社のトランスポーターの中で着替えないといけないだろう。同じことを例えばブルーローズあたりがやってしまったら、次にドアから出てくる女子高生が目撃されてしまい、一騒動になるのかもしれないが、イワンにとってそんな心配はない。
 ヒーロー事業部の同僚が仕方ないな、という顔で手を振る。イワンはすいません、と目顔で言うと、撮影の合間に握手に応じていた相手――公園のスタッフジャンバーを着た青年の姿に擬態した。こっそりと建物を出て、少し歩く。人気のないところで擬態を解いた。
 イワン本来の姿が現れて、ふぅっと息をついた。
 空を見上げる。きれいな青い空だ。そして、それを縁取る緑色。
 街路樹やビルの中庭に植えられた緑を目にすることはあるが、こんなふうに視界のそこかしこに植物の緑が顔を出しているところなんて、ここしばらく目にしたことはなかった気がする。
 イワンの呼吸は自然と深いものになっていった。深呼吸をする。二度、三度。
「――やあ!」
 その明るい声に、イワンの呼吸は止まった。
 ビクリと肩を揺らせて、いつの間にかつぶってしまっていた目を開ける。
 声のした方向に顔を向ける。声は、上から、した。
「イワンくん?! そうだ、確かイワンくんだったね! こんにちは!」
 こんなに明るい声で、しかも自分のことを『イワンくん』だなんて呼ぶ相手に心当たりはない。
 ない、はずだった。
「……あ」
 見覚えのある笑顔があった。空に。いや違う、空へと伸びた枝の上に、だ。
「な、なんで、そんなところに?!」
 イワンは大きく仰け反ってしまう。何日か前に街路樹の前で短い会話をした人だった。
「ええと、あなたは確か……キース、さん…でした、よね?」
 不思議そうな顔をしているイワンにうなずいて、キースは笑顔のまま枝の根元へと後退してゆくと、今度はするすると幹を伝って降りはじめる。
 地上に降り立つとキースはふたたび「こんにちは!」と笑顔で挨拶を寄越した。イワンもペコリと頭を下げ、周囲を見回す。
「もしかしてジョンを探しているのかな? 今日は仕事だからね、彼は家で留守番をしてくれているよ」
 そうだ、あの元気な犬はジョンという名前だった、と思い出しながらイワンは「仕事?」と聞き返す。
「ああ、そうか仕事の話をしたわけじゃなかったんだね。木の話を聞いてくれたものだから、すっかり話した気になっていたよ。私はいわゆる樹木医なんだ」
「ジュモクイ、ですか」
「木を診る医者だよ。一応は公務員でね。この公園や公共施設の樹木を管理している」
 そう言って、首に下がった顔写真入りの身分証を掲げてみせた。笑顔の見本のような写真の横に《K.Goodman》とある。
「グッドマン、さん……」
「キースでいいよ」
 また爽やかな笑顔が浮かぶ。善き人、か。一族みんなこういう笑顔なのかな、とイワンはおかしな想像をして、一人でクスッと笑った。
「きみは、どうしてここに?」
「ええと、いい天気だし、何となく」
 TVの収録だと言うのはためらわれた。下っ端のスタッフだと言っても良かったが、うまく嘘をつき通せそうにない。
「そう……」
 キースは何事か考えていたようだが、またあの笑顔に戻った。
「そうだ、イワンくん。よかったら、この木に登ってみるかい?」
「えっ?」
 この木に、とイワンはゆっくり視線を上げていく。空高くへ伸びた太い幹。手掛かり足掛かりになりそうな大きな枝も沢山張り出してはいる。
「木に登って、木の様子を見るんだよ。人間のように診察台に横になってはくれないからね」
 どうだい、とキースがわずかにからかうような色を滲ませた。
「怖いかな?」
「まさか」
 仮にも自分はヒーロー、折紙サイクロンだ。仕事のときには身体能力を向上させてくれるスーツを身にまとっているとはいえ、普段から身軽だし、俊敏性や脚力では他のヒーローに引けをとらないつもりでいる。
「子供の頃、木登りは得意でしたよ」
 これも本当だ。キースは微笑む。
「そうかい。それはよかった」
 言われて、イワンはハッとした。どうして恰好をつけるようなことを言い返してしまったんだろう。
 でも、どうしてか『できません』とは言いたくなかった。言って、残念がられたくなかったのだ。
 キースが、どうぞ、というように手のひらを向けてくる。イワンはうなずいて、幹に手をかけた。
 木登りをするなんて子供の頃以来なのだが、得意だと言ったのも本当だ。体は感覚を覚えてくれているらしい。次はここ、今度はあっち、と何となく手を伸ばすべき場所、足を置くべき場所がわかる。
「上手だね」
 少し距離を置いて登ってくるキースが感心したような声を出した。
「自分でもちょっとびっくりです」
 もうかなり上に来たな、とイワンは片手を幹に置いて地上を見下ろす。豊かに繁った葉が邪魔をして、視界はほとんど緑に占められていた。もう少し枝の先へ行ってみていいだろうか。
「――え、っ…」
 おかしな感覚がして、イワンは慌てて両手を太い幹に巻きつけた。頭が、ぐらぐらする。膝が勝手に曲がる。立っていられないのだ、とようやく気がついた。おかしい。自分は高い所が苦手なわけでもないし、風だって吹いていないのに。
「イワンくん?!」
 幹に抱きつくようにして膝を折ったイワンの許へキースがスピードを速めて登ってきた。
「すいません…なんだろう、急に……」
「妙なことを提案して悪かったね」
「違うんです。怖いとかそういうんじゃ…ただ、揺れてるみたいで……」
「降りよう。ここに足を置けるかい?」
 うなずいて、足を踏み出そうとすると、キースが示しているのは自分のジーンズに包まれた腿の上だった。驚いて、首を振る。
「いえ、あの」
「いいから。落ちたら大変だ。私がひどく怒られてしまうよ。言うとおりにしてほしい」
「すみま、せん……」
 来たときよりゆっくりと、帰りはキースの指示どおりに足を踏み出し、手を伸ばして木を降りてゆく。
 地面に辿り着くと、イワンは自分が踏み台にしたせいで泥がついてしまったキースの腿を眺めた。
 人助けをするはずの自分が、一般の人に助けられてしまったことが歯がゆくて仕方がない。イワンは唇を噛んだ。なぜ、急に立っていられなくなったのか自分でも見当がつかなかった。
「汚してしまって、申し訳ありません」
 イワンは謝ったが、返事がない。キースは何か思いついたように降りたばかりの木を見上げていた。
「少し、ここで待っていてくれるかな」
 言い残して、キースはするすると木に登ってゆく。葉に遮られてよくは見えないが、ポケットから取り出した道具で木の枝に何かしているみたいだった。
 イワンの眩暈のようなものは、すぐに治まった。だが、木から降りてきたキースは少し曇った顔をしている。
「どうしたんですか?」
「病気だ」
「えっ? この…木が、ですか?」
「そう。ちょうどさっき、イワンくんが足を踏み出した辺りが特にね。枝の中が腐っている」
「こんなに元気そうなのに」
 イワンは再び大樹を見上げた。枝から生えた葉が風に揺れてさわさわと音を立てている。
「そう。一見しただけではわかりにくいんだよ。だから、登って様子を確かめることが大事なんだ。でも、手当てをすればまだ大丈夫そうだ。きみの感じたさっきの揺れは、木の出していたシグナルなのかもしれないな」
「シグナル……」
「健康な木と違って、枝の内側が空洞になっているから微少な揺れを発していたのかも」
 キースも木を見上げて、視線を下ろすとイワンに微笑みかける。
「樹木医を目指す気はないかな」
「あー…いえ、それは」
 曲がりなりにも、自分は希望どおりの職業にもう就いているのだ。それを中々自慢することはできないが。
「そうかな。向いていると思うんだけど」
 ふいに、キースがチラリと不思議な目つきになった。
「だって、休園日の公園にわざわざ入り込むぐらいに自然も好きみたいだし」
「……あっ!」
 イワンは思わず両手で口を押えた。そうだった。今日は休園日なのだ。だから、一般客を気にせず番組の撮影ができたのだし。
「あ、あの、実は僕、TVの撮影をバイトで手伝っていて」
「叱りたかったわけじゃない。私の立場でこういう発言はマズイんだろうけど、タダでゆっくり散歩するくらい構わないと思うよ」
「本当なんですって。撮影あったの、知りませんでした?」
「ふふふ、大丈夫だよ」
 秘密にしておくから、と微笑まれてイワンは困惑する。
 仮にもヒーローなのに、休園日の公園に無断で入園料も払わずに公園に入り込んだと思われてしまった。
 構わないんじゃないか、とキースは言ってくれているのに、それでもイワンはそんなことはしていないと訴えたくて堪らなかった。
「そうだ。もし、興味があるなら…ね」
 口を尖らせて眉間に皺を寄せているイワンに、キースは笑いかけた。


「折紙先輩」
 イワンが振り返ると、相も変らぬハンサムな若者がにっこりと笑みを浮かべていた。
 半歩後ろに立つ、彼の相棒もにこにこと挨拶をしてくれる。
「ああ、バーナビーさん」
 自分を先輩などと呼んでくれる奇特な人が、この大人気のキング・オブ・ヒーローだけだというのが世の中は不思議だ。
 バーナビーは、ヒーロー・アカデミーでの後輩で、だからいまだにイワンを先輩と呼んでくれているのだが、実力も人気もイワン――折紙サイクロンの数段上だ。デビューした年に獲得ポイントでも他を抜き去り、早々とキングの称号を我が物にしてしまった。
「よかったらこれを」
 レザージャケットのポケットからスッと細長い紙切れを差し出す。その動作も様になっていた。
 イワンに向けられたのは、とある美術展の招待状だった。
「あ、それ」
「行きたかったのに、って言ってたぜ、って俺が教えたんだよ」
 そう言ったのは、バーナビーの相棒・虎徹だ。そういえばがっかりして肩を落としていたのを虎徹に見られていたかもしれない。
 確かに、その美術展についての話をしたことがあった。会期開始前から評判の展覧会で、前売り券も早々に売り切れてしまい、ちょっと遅れて気がついた者は指をくわえて見ているしかない状況になっていたのだ。
「スポンサーの関係でもらったんです」
「でも、これって確か」
 会期の終わりがもうすぐそこだったはずだ。
「はい。今度の金曜までなんですけど。ヘリペリデスの本社からなら近いですよね。よければ使ってください」
「ああ、金曜日まで、ですか」
 少し考えるように視線を空に向けてから、イワンは申し訳なさそうな顔つきになった。
「あの…行けそうにありません」
 だからこれは他の人に、とイワンは続けた。バーナビーはチケットを引っ込めようとする。虎徹が肩をすくめた。
「そっか。折紙の会社のそばだからさ、バニーに勧めてみろよ、って言ったんだけど」
「すいません。ずっと、予定が」
 ずっと? と虎徹が興味を示した。
「何してんの。あ、いや、言いたくないならいいんだけどさ」
 別に、とイワンは早口で応える。
「セントラル・パーク、とかに行ってて。その、今度の金曜とかも」
「え? 何をしに、ですか?」
 バーナビーが尋ねたところに、虎徹が割り込んでくる。
「なぁ、その日ってあそこ休みじゃね? 前に楓がこっち出てきたときに連れてこうとしたことあってさ」
 第三の金曜日は確か休園日だったはずだ、と虎徹は首をひねる。
 イワンは渋々とうなずいた。
「何かの企画か? ほら、今ナントカ男子って流行ってるじゃん。えーと、園芸男子とか?」
「園芸ですか? あの公園は大きな木が多くて園芸というより『自然』という雰囲気ですけど?」
 不思議がるバディ二人に、イワンは仕方なく訳を説明した。
 何も悪いことをしているわけではないのだ。
 樹木医と知り合いになって、休みの日や空いた時間にその手伝いをしているだけ。相手にこちらの職業は明かしていないが、ヒーロー業に従事している者たちは皆、ホイホイと打ち明けることなどできないだろうから理解してくれるだろうという気持ちもあった。
「え、じゃあ何? お前、手伝いしてんの? オフの日だけじゃなくて、午後休みとかのときも? バイト代もらうわけでもなく?」
「えーと、昼ご飯とか夕飯を奢ってくれたりしますけど」
 だってフリーターって言ってあるので、とイワンは肩をすくめた。年上の公務員であれば奢ってくれるのは自然な流れだった。
 バーナビーは眼鏡の奥の目を細めたまましばらく考えているようだった。
「折紙先輩」
「はい」
「それはつまり、その樹木医から脅されているってことですか?」
 えっ、という言葉がイワンの口から漏れる。
「休園日に入り込んだことを咎め立てしないかわりに、手伝えと」
「ち、違いますよ!」
 イワンは慌てて否定した。
 しかし、今はこうやってバーナビーを説得しようとするイワンだが、最初にキースから『提案があるのだけど』と言われたときは、同じようなことを一瞬考えてしまった。
 もしきみが木に興味があるのなら、時々手伝ってくれないかな、とあの日、あの木の下で持ちかけられたのだ。
 どういう意味だろうとキースの真意を測りかねて顔を曇らせるイワンに、キースのほうが慌てた様子になった。
 今日ここにやって来たことをどうこう言いたいわけじゃないよ、と大袈裟に顔の前で両腕を振っていた。
 わかってますよ、とイワンはその慌てぶりに吹き出してしまって、じゃあバイトのない日とかにちょこちょこっとでよかったら、と微笑んでいたのだ。
「……そういうワケなんで」
 イワンが笑ってそう言うが、待ち受けていたバディ二人は困惑した顔をしていた。
「あ、れ……?」
「いや、折紙さぁ、それおかしくねぇ? 何でそんなに手伝ってやんなきゃなんないわけ?」
「色々と細かい作業があって、手が足りないとかで」
「そりゃあ仕事だからね! でも、なんでそれをお前さんが手伝うの、って訊いてんだよ」
「それがですね、いま、巨木の移築に関わってるんですよ!」
 イワンは少しばかり誇らしげに説明をはじめた。
 いわく、別の大きな公園に巨木を移すことになったのだという。
 しかし、急に樹を掘り起こして移動をしてしまうと、突然環境が変わった樹木は順応できず枯れてしまうことになる。
 そこで、大樹の根を少しずつ掘り起こしては、露出した根に苔を巻きつけてしばらく育て、細かな根がたくさん張るまで待つのだ。
 それもすべての根に、いっぺんに苔を巻きつけることはできない。少しずつ、少しずつ…何パーセントかずつ、掘り起こしては苔でくるみ、根が育つのを待って、また別の根に同じことを続けていくのだ。
「だからなぁ。なんで、それをお前が手伝うんだよ。お前までジュモクイ…だっけ? それになれそうなくらい、詳しくなってんじゃねーの」
「あ、樹木医は実務経験が七年以上ないと資格試験が受けられないので、それはちょっと」
「だぁっ! そういうこと言ってねーし」
 虎徹がもうどう言っていいかわからん、という顔で隣に立つ相棒を見上げる。
 バーナビーは眼鏡の弦をクイッと押し上げると尋ねた。
「ときに、折紙先輩」
「はい」
「その樹木医さんというのは、おきれいな方なんですか?」
「……へ?」
 イワンは一瞬、動きを止めた。
「き、きれいというか……格好いい? 笑うと、かわいいっていうか、その」
「年上の方なんですよね」
「そうですね。十くらい上の。でも気さくに接してくれて」
 二人のやりとりを聞いていて、虎徹がハハァ、と唸り声をあげた。
「そうかそうか! それじゃあ暇も惜しんで手伝いたくなるよなぁ!」
「は、い?」
 虎徹の隣でバーナビーもうなずいている。
「お手伝いにかこつけて、恋しい相手に会いに行ってる、と」
「はいぃぃぃ?!」
 目を剥くイワンに、虎徹は照れるなよぉ、とその肩をはたく。
「そういうもんよ、若い頃って。それはキツイだろ、って言いたくなるような言い訳して会いに行ったりさぁ。ね、バニーちゃん」
「そうなんですか? 言い訳なんてせずに会いに行けばいいのでは?」
 ものすごくモテるのに恋愛スキルは低すぎる、とネイサンに揶揄されたこともあるバーナビーはきょとんとしている。
「だぁっ! お前にこういう話題を振ったオレが悪かったよ!」
 楽しげに言い争うバディの前で、イワンは困惑した顔をして両手をもじもじと捏ね回していた。


 手伝いのために公園に到着したイワンを、キースはいつもの作業場所とは別の場所へ案内しようとする。
「あの、どこへ」
「面白いものを見せてあげようか」
 キースはそう言って、公園を奥へと進んでいく。
 イワンはどぎまぎとした。そして、それを後輩コンビのせいだと胸のうちで恨み言をつぶやく。
 その樹木医が好きなんだろうと言われた。だから、暇を惜しんで会いに行くのだろうと。
 別にそんなんじゃない。そう言い返した。自分自身にもそう声に出して意思表示をした。
 それなのに、キースの後ろをついて歩いていくと胸が高鳴る。二人きりだ。公園を奥へと進む。
 ここは……。
 イワンはつい先日、折紙サイクロンとして出演した情報番組で紹介されていた《シュテルンビルトの新デートスポット》なる企画を思い出していた。
 あの大きな木。そして、その手前のベンチ。確かここは意中の相手に思いを告げたり、プロポーズをするのに人気だと言われていなかったか。
 緊張しつつベンチに腰を下ろすと、キースはなぜかクスッと笑った。
「え、な、何ですか」
 笑みを浮かべたままのキースが指した、ベンチの下をイワンは覗く。
 ベンチの下の空間に、植物だということはかろうじてわかる、ゴツゴツとした茶色いものが土から突き出していた。
「気根というんだよ。空気を得るための根なんだ」
「根っこ……。なんか、切り株に見えますけど」
 あれっ、とイワンは左右を見回す。
「これの本体って、どこに?」
「あれさ」
 キースが指したのは奥にある大きな杉だった。高さは50メートルになろうかという大木だ。しかし、ベンチとの距離は優に20メートルはある。
「ヌマスギ。名前のとおり、沼地でも生息できる杉の仲間だよ。水中でも呼吸できるから、他の木が嫌う環境でも育つ。ただ、土が硬いと呼吸が難しくて、こういう根を伸ばすんだ」
 ベンチの周りを眺める。周囲はまるで塗装されているかのように平らですべすべとした土の表面が見える。
「なぜだかこの辺りだけ、土が踏み固められてしまったんだね」
 これを見せたかったのか。ホッとしたようながっかりしているような、妙な気分だ。
「あの、それは」
 イワンは知識ともいえない知識を披露する。
「この木、人気のドラマに映ったんです。僕も番組は見てはいないんですけど、木は他のTV番組で見ました。すごく印象的なシーンだったって」
 人生の転機が訪れた主人公が、この木の前で決意を新たにする。そこへヒロインが現われ、彼の姿を少し後ろからそっと見守る。勇気を得て振り返った主人公はヒロインに気づき、いつでも自分を見守ってくれていた彼女の存在の大きさを改めて知る――。
 だから、さっきイワンもこの木の前に連れて来られて何事かとおかしな空想をしてしまったのだ。
「ああ、そういうこと。それで、人が沢山来るんだね」
「このベンチもそのせいで置かれたんだと思います。有名なシーンを再現したんだったかな」
 有名になった木を眺めるために、もしくは記念撮影をしたがる人たちのために置かれたベンチなのだろう。まだ新しい。
 そうこうしていると、若い男女が小走りにやってきてそのヌマスギを指差した。
「本当だ。この木は人気者なんだな」
 キースが笑って、イワンもカップルに席を譲るようにベンチから立ち上がる。
「枝と同じくらい根も伸びる、とよく言うけど、本当は何倍も伸びるんだ。そして、土の柔らかいところを的確に見つけて」
「すごいですね。だって、あのベンチの下だけでしょう、土が踏まれてないの」
「目ざといというか、ちゃっかりしているというか」
「必死、なのかも」
 いつの間にか周囲の様子が変わってしまっていて。懸命に手を伸ばして。
 こういう人っている。いや、それどころか大概の人は、どうにか必死に生きているのだ。
 陥った感慨から、イワンを引き上げてくれたのはキースの声だった。
「素敵だ」
 急にキースの言葉が飛び込んできて、イワンはびっくりしてしまう。
「え…あの、いま…何て……」
「きみの考え方さ。面白いよ。木のことも人間を見るみたいに感じられるなんて素晴らしい」
「あ、ああ……」
 なぁんだ、と言いそうになるのをイワンはこたえる。
「イワンくんは、才能があるのかもしれない」
「才能……」
「ほら、前にも木が揺れていると言っただろう。あれで、私が木の病気を発見できた」
 キースは感心したと言わんばかりに大きくうなずく。
「SOSだったんだよ。あの木が揺れたのは」
「SOS、ですか」
 イワンは口元をゆるめる。誰かのSOSをキャッチする才能があるなら、やっぱり嬉しい。これでも自分はヒーローなのだから。
「きっと才能があるよ。木の専門家のさ」
「ああ」
 予想と違った答えにイワンは小さく笑う。
 その気取らない笑顔に目を留め、キースは一瞬だけ真顔になった。
「え?」
 視線を感じたイワンに見つめ返されると、キースは慌てて両手を振り回す。
「な、何でもない! 何でもないとも!」
「じゃあ、今日も頑張りましょう」
「ああ!」
 イワンが普通のフリーターなどではなくて、なんだか樹の精か何かのように見えてしまったなんて言えるはずがない。
 裏返った声でキースが応える。
 大きな樹の枝を、風が渡っていった。



(…つづかないです。)


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Posted on 2013/03/05 Tue. 00:17 [edit]

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