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空/折 「最初で最後のティータイム」 

モブ視点な空/折の本に無配をつけようかと考えていましたが、
9月中にはイマイチまとまらず。
Spark新刊『誰かと彼らの四つの話』の中の「such a lovely flower !」と
ちょっとつながっていますが、読んでいなくてもわかります。

これ読まされて、誰が楽しいんだろう…ってすごく疑問なんですが。
モブっていうかドリー夢に近い気がします。

あの、これ、空/折です。これでも空/折なんです。(ちょっと必死)

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


最初で最後のティータイム
― The first and last tea time ―




 あんなものに得手、不得手があるとは思わないし、大体、他人と比べてどっちがすごいかなんてわからないけど、どっちかといえば僕は得意なほうだと思う。
 あ、何がかって?
 妄想…っていうか空想、かな。
 それで、僕のレパートリーの多くを占める《アルバイトシリーズ》のひとつ、コンビニのバイトをしている僕(実際はコンビニはおろか一度たりともアルバイトの経験はないんだけど)というのがあって…ああ、もうついて来られない人はごめんなさい、まだ続きます。
 そのコンビニに有名人が来て、憧れてた可愛いタレントさんとか、これはその時々で変更するんだけど、うわぁ誰々だぁって最初は大興奮で、そのうち『いい天気ですね』とかちょっとずつ会話するようになっていって、きっと近所に住んでるんだろうなぁって思うんだけど、それ以上は踏み込めなくて、でも時々親しげに話ができるだけでもいいや、と妄想の中の僕は…たぶん現実でもそんなものだろうけど、考えて小さな幸せを満喫してバイト生活を送っている。
 ここまでが基本設定で、映画でいえば音楽に乗せて日常が描かれて、監督名とか題名が流れてるってカンジかな。コンビニ店員の僕は、ある日突然、親の離婚とか…不幸なのが受け入れがたい気分のときは、逆に親の再婚でもいいんだけど(両親はいまだに故郷で仲良く暮らしてる、ごめん)、とにかくその街を急に離れることになってしまう。
 バイトも残すところあと数日になって、ちょっとだけ親しくなれた有名人ともお別れだ。っていうか、彼女はここ一週間、それとも十日だろうか、ちっとも店に姿を見せない。僕はヤキモキする。
 イライラするのなんておかしいのはわかっている。だって、僕はただのコンビニの店員だから。有名人の女の子にとってはたまたま、近所にある店…24時間開いている、何でも揃ってる店で店番をしているだけの人間だから。
 もし、彼女が来たら、と僕は考える。今日はバイトの最終日だ。彼女が来て、レジのときに列ができてなくて、彼女も機嫌がよさそうで、『ちょっと肌寒くなってきましたね』とか話せるようだったら、そうしたら挨拶くらいしてもいいかな、って考えてみたりしながら、品出しをしてる。
 新製品のチョコレートを棚に整列させながら、そうだよ挨拶くらいなら別に構わないよ、いつもご利用ありがとうございました、って言うだけだ。僕、遠くに越すんですけど、これからも頑張ってください、TV見て応援しますね、って。
 話の細部はさっきも、親の離婚でも再婚でも気分によって変えたみたいに、彼女が来るっていうラストシーンも、無事に挨拶できるって展開だったり、来てくれたのに僕は手が離せなくて見送るしかなかったって展開にしてみたり、お客さんを放り出して挨拶しちゃう…っていうのだと、ちょと自分のキャラじゃないかな、って考えたりして…そんなふうに妄想を繰り広げている。タレントの女の子とそれがきっかけでつきあいたいとかじゃないんだよね。そこで告白してOKもらえるっていうのは、何か違うっていうかしっくり来ない。
 得意なほうだと思う、って僕が自認してること、わかってもらえただろうか。


 さて、ここからは現実の話。
 ほぼ毎朝、僕はとあるカフェに立ち寄る。
 自宅の最寄り駅の近くにあるこじんまりとした店だ。
 僕はその日も窓際の席で、コーヒー一杯とマフィンをひとつ胃袋に入れて、席を立とうとしていた。
 カウンターの端から「お待たせしました、本日のコーヒーです」と言いながらマグカップを差し出す手が見えた。
 店員の女の子は、差し出したコーヒーを追うようにカウンターから上半身を乗り出す。コーヒーを受け取ったお客さんが一瞬、ギョッとした顔になる。
 彼女は「すみません」と謝って、今度はカウンターの中に向かって「あの、一瞬、おねがいします!」と叫ぶとスイングドアを抜けてカウンターの中から客席へと出てきてしまった。
 店の中は特別トラブルが起きたようでもない。僕は何だろうな、と思いながら自動ドアをくぐってカフェを出た。
「す、すみません!」
 さっきの店員の女の子の声だった。僕は振り向く。
 はたして、カフェのロゴが入ったエプロンをつけた女の子と目が合った。この子は僕を追ってきたんだろうか。ということは、何か落し物でもしてしまったらしい。僕はポケットを探る。減っていそうなものはない。
「あの、突然ごめんなさい」
「はい」
「わ、わたし、あの店でバイトしていて……今日でバイト最後なんです。引っ越すことになってしまって」
 どこかで聞いたような話だ、と僕は思った。
「それで、こんなこと良くないってわかってるんですけど、怒らないで聞いてください。あの、今日このあとか明日の昼間、よかったらお食事にでもつきあってくれませんか? 明日の午後の便で発つんです」
「……え」
「ダメならいいんです。ごめんなさい、驚かせて。いつも、朝、コーヒー飲みに来てくれて、ありがとうございました」
 女の子はぺこりと頭を下げて回れ右をしようとする。
「え、あ、待って。あの、明日の午後の便ってことは飛行機…ですか?」
 彼女はうなずいて、外国の地名を告げた。そこに越していくんです、って言ったあとに咳きこむ。
 大学生くらいなんだろうか。ということは、あんまり僕と歳が違わないみたいに見える。
 小柄でブルネットの髪をおだんごにしていて、顔を赤くしてるからちょっとそばかすがあるのが目立つ。
 勇気があるなぁ、と僕は感心した。僕は、妄想の中でさえ、バイト先のお客さんを食事に誘うなんて無理だった。
 僕は、自分がデートしたくなるような魅力的な人間だとは思えないんだけど(最近『そんなことないよ』って力説する人が一人だけ現れて、僕を驚かせたりもしているけど)、ああもしかしてパッとしない男だから声をかけられたのかなって考え直して、そうしたら少し気分が落ち着いた。頭の中でスケジュールを確認する。
「……あの、今日の夜でよかったら」
「え、いいんですか!」
「あと、あの、すごいレストランとかはちょっとアレですけど」
「全然、どこでもいいです」
 うちの店以外なら、と彼女は付け足して、僕は笑ってしまった。
 それから、メールアドレスをその場で交換して別れた。
 会社までの道は全部スポンジで出来てるみたいにふわふわしていた。カフェの女の子は、こんなこと言うのも何だけど、絶世の美女というわけでは全然なかったし、それに、僕には曲がりなりにも付き合ってる人が、いまだに自分でもマジかよって思うんだけど…妄想じゃなくて現実に存在していて、それでも、それでもやっぱり舞い上がった。
 浮気をするつもりなんてないし、さっきのあの子の態度を見たら、そういう感じじゃなかったし、だから、大丈夫だよね、と僕は心の中でつぶやく。人の多い店で会って、そこで別れればいいんだ。ひょっとして彼女、いい子そうに見えたけど美人局かもしれないし。そうだ、バーナビーさんじゃあるまいし、道を歩けばファンが群がってくるみたいな、ああいうことは僕には起きないんだから。慎重にいこう。
 コレハ訓練デハナイ、と頭の中で声が響き渡る。僕の中の《アルバイトシリーズ》の妄想はかなりの種類があるんだけど、あんなのは心の準備になんてちっともならなかったことを知った。


 銀行強盗や大きな交通事故やビル火災なんかが起きませんように、と願っているうちに日が暮れた。
 職場から出て、朝登録したばかりのアドレスにメールを送る。
 大体どのあたりで、とは話しておいたから、あと何回かメールを送りあえば無事に会えるはずだ。
 ポケットに戻そうとしていた携帯電話がブルッと震えて、早いなとディスプレイを見たら、それは別の人からのメールの着信だった。
 別の人というのは、つまり、僕がいま付き合っている相手だ。
 今日はトレーニングジムで会えるかと思っていたのに、仕事が長引いて会えなくなってしまったのが残念だということ。明日は一緒にランチに行けるかな、という誘い。今夜は冷えるそうだから気をつけて、と締めくくられていた。
 そんな必要はないぞと自分に言い聞かせても、何となくうしろめたい気分になる。
 それというのも、少し前にこの人は、デートに僕を連れて行ったのだ。
 デートだから付き合っている二人で赴くのは当たり前か…というと、少し意味が違う。
 彼が女の子からデートに誘われて、そこに僕も呼び出されたのだ。相手というのは、まだほんの小さな、ひとケタの年齢の女の子だったから、パッと見はデートだなんてわからなかった。彼は自分の恋人を連れて来てもいいか、と最初から断りを入れたらしい。僕は女の子が話すのを聞いて驚いてしまった。
 そのときに彼は真顔で言っていた。『きみがどこかの女性とこっそり会っていたら嫌だから、私もきみを連れてきたんだ』って。
 女の子にとってはたまったもんじゃないだろう。その小さな女の子もはじめはやっぱり嫌そうにしていたけど、もうしょうがないから楽しむべきだと考え直したのか、けっこう最後は楽しそうにしてくれて、僕はホッとした。それにしても普通はあんなのトラウマになりそうだ。
 そう…彼ってことはつまり、僕は同じ性別の人と付き合っているってこと。
 別に子供の頃からそういう指向があったわけじゃなくて、いまでも、本当にどうしてこうなったんだろうって不思議で仕方ない。
 男どうしで付き合ってるってことを後悔してるわけじゃない。全然。彼は、僕なんかには勿体ないくらいの素晴らしい人で、いつもきらきら輝いていて、本当に隣にいるのが僕でいいのかなって考えてしまうってだけだ。
 なんて返信しよう、と僕は迷った。
 言うべきだろうか。明日引越しをするって女の子と夕飯を食べることにしました、って。
 どこもおかしくない。後ろめたく感じる必要はないんだし。ただの食事だ。こっそり会っていたら嫌だ、と言われたんだ。
 でも、と僕は考える。幼稚園生が家に帰って、お母さんにまとわりつきながら今日あったことを話すみたいじゃないか。聞いて聞いて、今日はこんなことをして遊んだんだよ、って。
 彼からのメールを読み返しているうちに、もう一件のメールが入ってきた。これから食事をする女の子からだった。ランドマーク的な建物の名前を彼女は挙げて、その近くのお店に行くのはどうですか、と言ってきた。その大きなビルのロビーにあるモニュメントの前で待ち合わせてもいいですか、って。
 僕はそっちのメールにすぐに『そのモニュメントなら知ってます。二十分くらいで着きます』と返事を出した。
 恋人へのメールは、明日のランチを楽しみにしています、とだけ書いて送信した。


 カフェの女の子(もうアルバイトは辞めたんだからカフェの子、じゃないわけだけど)との食事は楽しかった。
 初対面の人とはあんまり話せないはずなのに、もう今日が最後で会うはずがない相手なんだと意識しているからなのか、僕はけっこうベラベラと喋った。
 彼女は、僕が朝、カフェで日本に関する本とかを眺めていたのを覚えていた。自分も大学で東洋美術を学んでいるんだって教えてくれた。
「キモノの柄とか?」
「お城の壁の絵とか。その国独特の文化が下敷きになっていて、難しいけど面白いの」
 お城って話が出たから、僕はニンジャとかサムライとかに興味があるって打ち明けた。聞いた瞬間に鼻でフンって感じのあしらいを受けることもあるけど、彼女はそうじゃなかった。
「若い男性だと武術から日本の文化にハマる人が多いんです」
「ちょっと歳を取ると、禅とか?」
「そうそう!」
 けっこう盛り上がって、食事を終えてももうちょっと話そうって感じになった。レストランのすぐ向かいにあるカフェに入る。
 歩道に面したオープンエアの席しかありません、と言われたけど、僕たちはそこで構いませんと答えた。ウェイターはブランケットを二枚貸してくれた。
「あの…時間、大丈夫ですか?」
 こういう趣味の話ができるのって稀だから、僕は一人ではしゃいでるのかもしれないと思い直して、慌てて尋ねた。
 彼女は「大丈夫です」とうなずいた。
「こういう話ができる人が、あんなに近くにいると思わなかった。もっと早くに話してればよかった」
「もう最後だって思えたから声をかけられたんです。普段からあんなこと、してないですよ」
「いや、僕もあんなふうに声をかけられたの初めてでしたけど」
 女の子はにこっと笑ってから、急に真面目な顔になった。
「それに、わたし、あなたに恋人がいるの、知ってますから」
「え?」
「急にごめんなさい。だから、変な期待とかしてないって言いたかったの」
 もう一度、ごめんなさい、と言われた。
「よく、カフェの席で恋人とメールのやりとりしてたでしょ。…あ、店員がそんな観察してたなんて気持ち悪いですよね」
「え、いえ…そんな……でも、なんで」
「だって、テーブルに出しておいた携帯がブルッってなったらものすごいスピードで飛びついて、中を見て、すごく嬉しそうに笑ってて」
「うそ、本当に?」
 彼女はうなずく。
「それって…いつくらい?」
 二ヶ月か三ヶ月くらい前かな、と言われる。ああ、そうかもしれない、と思った。
「変な顔になってる」と向かいの席で女の子が笑っている。
 二ヶ月か三ヶ月くらい前、僕の現・恋人は、失恋というかちょっと心に痛手を負っていた。その少し前には仕事のことでも悩んでいたようだったけど、それについてはどうにかクリアしたらしかった。悩みごとなんて払拭してあげたかったけど、恋愛沙汰なんてどうにもできそうもなくて、僕は傍で見ていて歯痒かった。
「すっごく悩みながら返事を打って。メールを送ったあとも、携帯電話をじーっと見つめて、ちゃんと伝わりますように、って祈ってるみたいな真剣な顔して」
「気持ち悪いね、それ」
「え、ごめんなさい」
「あ、見てたからどうこうっていうんじゃなくて、僕のやってたことが」
「そんなことない」
 ブンブンと首を振る。
「いいなって思って見てた。羨ましいなっていうか、そんなに誰かを好きになれて、いいなって」
 一生懸命にそう言われて、嬉しくなった。彼女は頬を赤くしているから、また朝みたいにそばかすが浮き上がって見える。
「わたしも、向こうで絶対、素敵な恋人見つけるんだ」
 どこか遠くに視線を定めて告げられる、決意を秘めた声を聞いているうちに笑い出してしまった。
「え、どうして笑うの? おかしい?」
「ごめんなさい、おかしいとかじゃなくて、なんか」
 とりあえず謝っているのに、笑いのほうも納まらない。
 困ったような呆れたような顔をしていた女の子にもちょっとずつ笑いが伝染していく。
 と思ったら、僕らの周囲がざわついているのに気づいた。屋内の席とは違って、オープンエアの席はあまり埋まっていなかったんだけど、それでも少し離れたテーブルにいた男女が驚いた顔でイスから腰を浮かせているのが見えた。
 背の低い植え込みを挟んだ歩道でも、いい気分になって千鳥足で歩いていた勤め帰りだろうスーツの男性三人組が、不思議そうな顔をして立ち止まっている。
 空いたテーブルを片付けていたウェイターがぽかんとした顔で中空を眺め、それからチラッと視線を投げた先は、どうやら僕らの席のようだった。
 はじめに女の子の顔から笑みが薄まっていって、彼女も他のみんな同様に斜め上を見上げた。その視線の先を追った僕も、ワンテンポ遅れて似たような表情になったと思う。
 通行人やカフェの客や店員、みんながぼんやり見上げているのは道路からほんの一メートルくらいの地点に浮かんでいるヒーローの姿だった。
 人間なら不可能な《宙に浮かぶ》という姿勢でいるのは、そう、ヒーローのスカイハイだった。
「うそ……なんで」
 つぶやきを漏らしたのは女の子の唇だったと思うけれど、僕だってまったく同じことを言いたかった。
 ただし、こっちは別の意味で。
 どう見ても、スカイハイに見つめられているのは自分たちに他ならない。女の子は大きく目を見開いたまま席を立って、不安そうに僕のほうにテーブルを回り込んできた。僕も慌てて席を立つ。
 スカイハイの右手がすーっと上がって、同時に本人はゆっくりと地面に降り立った。あの右手の指が誰を指そうとしているのかは、僕には見当がつく。そうはさせじと先に口を開いた。
「あの、なにか事件ですか?!」
 スカイハイの上がりかけていた手がビクリと揺れる。
「三十分くらい前からここにいますけど、特に変わったことは起きてないです」
 ないですよね、と立ち尽くしているウェイターを振り返り、隣に立つ女の子の顔を覗き込んだ。一拍おいてから、二人ともカクカクと顎を引いた。
「あの、僕はこういう者です」
 僕がジャンバーのポケットからヘリペリデスファイナンスの社員証を取り出して見せると、隣から「わたし、身分証とか持ってきてなくて」と女の子が申し訳なさそうに零した。
「ああ、いや」
 ようやくスカイハイが声を出した。
「それには及びませんよ、お嬢さん」
「ええと、彼女は僕の顔見知りで、職場なら知ってるし、もう明日引っ越す…んですよね?」
 彼女はうなずくと、外国の地名を告げた。
「……それは随分遠くだ」
 スカイハイがつぶやく。「そうなんです」と女の子があとを続ける。
「それで、最後だから……あの、いつも挨拶くらいしかしなかった、この人にわがままを言って食事に付き合ってもらったんです。最初で最後の、記念に」
「そうですか。記念に」
 心なしか寂しそうな声でスカイハイは言った。僕は、そのマスクの下で、この人はどんな顔をしているんだろうとぼんやりと考えていた。
 あっ、と僕は思う。たぶん今、こっちに視線を投げられた気がする。マスクの正面は女の子のほうに向けたまま、スカイハイが眼だけで一瞬僕を見ていた、と思う。
 思い直したようにスカイハイは顔を上げると、さっきより声を張ると告げた。
「それは申し訳ないことをしました。人違いをしてしまったようです。せっかくの時間を台無しにしてしまいましたね」
「そ、そんなことないです。お仕事なんだから」
 ねぇ、と彼女は僕に同意を求めてくる。もちろん、と僕は言う。
「そういうことだってありますよ。何せ空から見ているわけだし」
「そうですよ。気にしないでください」
「ところで誰を…っていうか、どんな人を探していたんですか?」
 スカイハイの動きが止まった、ように見えた。さっきから普通に立ってるだけだけど、いわゆるギクッとしたように見えた、僕には。これくらいのイタズラしてもいいよね、と思う。
「えっ、そんなこと言えるわけないじゃない。捜査情報? とか、そういうのは話せませんよね?」
「そうか、そうですよね」と僕が愛想笑いを浮かべた。
「そうなんです、申し訳ない」
「いいえ、そんな全然……あの、わたし」
 女の子が言葉に詰まった、と思ったら、唐突に顔が歪む。しゃっくりのようなかん高い音で息を吸った。目の縁に涙が盛り上がっていくのが見える。僕はびっくりする。たぶん、スカイハイだってびっくりしているだろう。背後で成り行きを見守っているウェイターとかも。
「申し訳有りません。私が驚かせたせいで」
 スカイハイが言うのに、彼女は大きくかぶりを振った。
「違います、違うんです……最後に、ほんと最後に…すごい記念になりました……」
「え?」
「本当にそう思ってます。こんなのってすごいです。見送りに来てもらえたみたいで。勝手なこと言ってごめんなさい。偶然だけど、でも、嬉しくて」
 ありがとうございます、と言うのと、しゃくりあげるのを交互にする女の子の背中に僕は手を置いた。手を置いたら薄いセーターごしに下着の…ストラップらしき感触があって、なのでそれ以上のことはできなくて、とりあえず顔を上げた。スカイハイと目が合う。たぶん、マスクごしだけど今ばっちり目が合っている。
「……写真撮りましょう」
 僕は言った。背中の手を外してポケットから携帯電話を取り出す。えっ、って女の子もスカイハイも同じ反応をした。
「パトロール中ですけど、一枚くらいいいですよね。せっかくなので、お願いできませんか」
「え、困る、わたし泣いてるし」
「全然平気だから。目がちょっと赤いだけ」
「うそ、待って待って」
 彼女はバッグからコンパクトを出すと覗き込んだ。写真を撮るって言われたら、ヒーローの都合なんかまったく聞かなくなった。女の子ってすごいなぁ。僕は内心おかしくてたまらない。
 最初は僕が、スカイハイと女の子を写して、次にそれまで僕らの様子を眺めていたウェイターが駆け寄ってきてカメラマン役を変わってくれた。僕にも「一緒に入ったらどうですか」と言ってくれる。
「そうして。お願い」
「本当に?」
「早く。スカイハイ待たせてるんだから」
「あ、すいません」
 女の子を真ん中にして三人で並ぶ。シャッターボタンが押される。携帯電話だから、盗撮防止用の間の抜けたシャッター音が響き渡る。
「ありがとうございました。パトロール中にごめんなさい」
「いや、こちらこそ」
 スカイハイと握手をして、彼女はまた涙ぐみそうになっている。
「わたし、ここで生まれ育ったんです。だから、あの」
「遠くへ行っても、元気で」
「はい。ありがとう」
「そしてありがとう」
 僕は小声で付け足したつもりだったけど、ばっちり聞こえてしまって、周りの人たちがプッって吹き出した。女の子もちょっと困った顔のまま笑っていた。
 スカイハイは、パトロールに戻るときに「ありがとう、そしてありがとう!」をちゃんと完全バージョン(と僕が勝手に呼んでいる)の大きな身振りつきでやってくれて、周囲からも唱和が起きて何だか楽しかった。


 談笑していたらスカイハイ出現、それ以上の盛り上がりはもうないだろうという雰囲気になったので、僕らは会計を済ませてカフェを出た。
「それにしても誰と間違えたんだろう」
 女の子は歩きながら夜空を見上げている。
 やっぱり話題は、さっき空から舞い降りたヒーローのことだ。いい記念になったとはいえ、やっぱりどうしてだろう、って気になるのは当たり前だ。
 独り言っぽい言い方だったけど、僕は口を挟んだ。
「僕が指名手配犯に似てたんじゃない?」
「わたしかもしれない。凶悪犯に似てるのって。わたしを指差そうとした気がするんだ。空港で足止めされたら困るなぁ」
 彼女の口調はすっかり打ち解けたものになっていた。
「犯人じゃなくて誘拐されたお嬢様に似てたんじゃない? あ、それだとやっぱり僕は犯人役だ」
「そのジャンバーが、この間盗まれた、ものすごく価値あるビンテージのに似てたとか」
「ないない」
「もしかして」
 彼女は顔を上げた。
「知り合いなんじゃない?」
「え、誰と」
「スカイハイと」
「知り合いだけど、僕は向こうをスカイハイだって知らなくて?」
「そう」
「ああ、あいつがいるって、パトロール中にうっかりやって来ちゃった…ってこと?」
 本当はそれで合ってるんだけど、いくらなんでもその説には説得力がなかった。正解なのに、一番嘘くさくて、アホらしい。
 彼女は照れくさそうにうつむいた。
「ないか。ないよね」
「やっぱり、僕が指名手配犯に似てるんだと」
「そんなことないよ、きっと。……あっ」
「え、今度はどんな推理が」
「あなたの、恋人」
 僕は息を止めてしまった。どうして、目の前の女の子の脳内でそんな論理の飛躍が達成されたんだろう。
 しかも、それは――
「あなたの恋人に、兄弟はいない? 従兄弟とか」
「兄弟?」
「恋人のお兄さんがスカイハイなんじゃない?」
 彼女の顔は何だか輝いて見えた。
 お気に入りの連続ドラマの今後の展開を予想するみたいな、無責任な明るさがそこにはあった。
「妹が付き合ってるはずの男の子が、別の女の子と…つまりわたしと会ってるのを見ちゃったから、それで思わず」
「あ…兄弟はいない、はずだから」
「本当に?」
「本当に」
「……そっか、残念」
 ふぅっ、と大袈裟に息をついた女の子に、僕は思わず「ごめん」と言ってしまう。「なんで謝るの」と彼女は笑った。
「あー、でも楽しかった」
 女の子は夜空に向かって言った。
「うん」
 僕も空を見上げた。頭上をゆっくりとモノレールが渡ってゆく。車窓から濃い黄色の明かりが漏れていた。あの中には沢山の人がいて、みんなそれぞれに今日の出来事を振り返ったりしているんだろうか。
「そうだね」
 もっと気の利いたことを言いたかったけど、上手い表現なんて出てこなかった。
 遠ざかっていくモノレールを眺めていると、女の子が言った。
「あの…もう、このへんで大丈夫だから」
「え、でも」
「ここの通りって賑やかだし」
 ひょっとしたら彼女は、と僕は想像する。厳しい両親がいるのかもしれない。家族には今夜、男の子と会っていると言わないで出てきたのかもしれない。
 何か言わなくちゃと思っていたら、僕の携帯電話が震えた。思わず、それをポケットから抜いてしまう。
「もしかして」
 女の子が笑みを含んだ声で言う。恋人からでしょ、って。
「出ていいよ。っていうか出て」
「え、あの」
「だって、どうするの? もし、いま見られてたら。近くにいるのかもしれないわよ?」
 見られてたのは、さっきだ。もう、僕らはバッチリ見られちゃってるし、きみはあの人と会話までしちゃってるよ。
 僕は頭の中に浮かんだ言葉を口には出さなかった。
「じゃあ、お休みなさい」
 彼女は僕の返事を待たずに身を翻した。
「あ! お、お休みなさい! あと、あの、元気で!」
 最後の最後に一番どもって、声も一番裏返ってしまった。女の子は歩きながら振り返らずに、頭の後ろで手を振っている。何だか、やけにカッコよく見えた。
 携帯電話を見つめる。女の子が指摘したとおり、そこには僕の恋人の名前が表示されていた。
 まだ留守番電話に切り替わってはいないようだった。通話ボタンを押す。
「――もしもし」
『よかった、出てくれた! さっきは本当に申し訳ないことをした! きみが見知らぬ女の子と楽しそうに笑い合ってるのを目撃して、ついフラフラと降りていってしまって――』
 僕が謝罪の言葉を探しているうちに、彼は滔々とさっきの顛末と自分の心情と、それから反省まで語り出した。僕は通話口を手で押さえて、笑い声が向こうに届かないようにするのに一苦労だ。
 夜空を見上げた。ネオンサインが輝き、ビルの明かりに囲まれた空。星は見えないけれど、雲もないみたいだ。明日はいい天気だろうと思う。きっと明日、空から見るこの街は、きれいに見えるだろう。
 スカイハイが見下ろす明日の街は。それから、離陸する飛行機の窓から覗いた、この街は、きっと。
『きみが怒るのは当然だと思う。でも、もしよかったら、何でもいい。声を聞かせてくれないか?』
「怒ってなんかないです」
 さっきまで一緒にいた女の子から言われたことを思い出す。
「……いま、かなり嬉しい気分で」
 あの子は、僕があなたを好きになるところを、見てた人なんですよ。
 毎朝、どんどんあなたを好きになっていく僕を、見ていた女の子なんです。
 お茶を飲みながら教えてもらえたんです。『そんなに誰かを好きになれて、いいな』って。
「さっき、あの……あー、いや、どうしよう」
『えっ、何だい?! 言いかけてやめないでくれ!』
 電話の向こうで恋人が上げるちょっと必死な声に、僕は笑ってしまった。
 だって、言ってしまうのは勿体ない気がしたのだ。言いたくて仕方がないのと同じくらい。
『もしもし? ……イワンくん?』
「聞いてますよ。キースさん」
 明るすぎる夜空の下を歩きながら、僕はもう少しこの楽しい悩みを引きずってもいいかなって気がしていた。


END


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 モブ視点…と見せかけてイワン視点、というのをやってみたかったのです。
 一回も名前出さなくてもいいかな、と思ったのですが、最後の最後にガマンできずに、名前を呼びあってます。





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Posted on 2012/10/14 Sun. 19:36 [edit]

category: SS(空折)

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