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空/折 「HIGHWAY STAR」 

イワンくんは、ヒーロースーツを着るとテンションが上がるように
車に乗っても性格が変わるのではないか…という考察とともに、
両片思いな空折が恋しくなって書きました。

あの…免許持ってない人間が書いたので
「おいおいwww」とかな部分があったらこっそり教えてください(;_;)

それにしても、近状を記すよりSS書くほうが楽ってどういうことでしょう。
文字制限があると考えに考え込んで行き詰まるほうです。。。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

HIGHWAY STAR



 男か女かで言えば、女性なんだろうか。
 そういえば、そんな曲があった。
――Nobody gonna take my girl(誰にも俺の女は渡さない)
――She stays close to every bend(どんなカーブでも彼女はぴったりくっついてくる)
 歌手が男だったから、女性に見立てたんだろうか。
 女性が歌うなら、彼と呼ぶんだろうか。
 キーを回しスターターボタンを押す。
 エンジンが始動する。
 あ、違う。
 以前に運転した4ドアのセダンとは明らかに異なる感覚だ。エンジンの振動がダイレクトにステアリングに伝わってくる。
 クラッチは大して重くない。動き出しも滑らかだ。
 ただし、走り始めた途端に乗り心地が硬いと注意されていたことを思い出した。
 どこかに飛んで行ってしまうような硬さではなかった。
 レーシングカーのようなサスペンションにセミスリックのタイヤの組み合わせという足回りだから、もっとハードな走りを予想していたけれど、不快なほどのレベルではない。少しホッとする。
――She turns me on(彼女は俺をかき立てる)
――Alright, hold tight(大丈夫だ、しっかりつかまって)
 カーブを切ったとき、イワンの眦が大きくなった。
 ステアリングの応答が鋭い。
 拳ひとつ、いや指一本分でもステアリングを動かしたときに感じられる俊敏さ。重たいV10エンジンがフロントに搭載されていることを忘れさせるようなノーズの入り。
 ここがサーキットだったら、という思いが胸に兆す。
 イワンの唇が綻んだ。
 早く、ハイウェイに入ろう。



『私の車でいいのかい?』
 不思議そうな顔でキースは聞き返した。
『もっと速くて恰好いい車ならネイサンくんのほうが……いや、うんと言ってくれるかはわからないけれど』
 いいんです、とイワンは言った。
 そうなんだろうな、とは感じていたが、やっぱりそうかと確信してちょっと笑ってしまいそうになった。
 たぶんキースはディーラーに勧められるままにこの車のオーナーとなっただけなのだろう。
 もしかしたら、メタリックなホワイトとシルバーのツートンカラー、それに紫がかったブルーのラインが入っている、どこかのヒーローのような車体の色が気に入っただけなのかもしれない。それからオープンカーだということ。
 確かにその色も面白いのだけれど、それだけではない。この車種は量産メーカーの市販車としては、二つのサーキットでのタイムアタックで世界最速タイムを記録している。数年前に叩き出したその記録はいまだ破られていない。
 それに何より見た目がいい。
 ネイサンが服を着替えるように乗りこなす複数の車はどれも、確かに恰好いい。しかし、ここシュテルンビルトに来て富裕層の乗り回すスーパーカーを見慣れてしまった目のせいだろうか、彼らの乗る車は近くで見るとまとまり過ぎというかこじんまりしていて上品過ぎる感じを受けるのだ。
 そこへ行くとこの車は、ボディ全体から発せられる勢いというか迫力がある。ちょっとごつっとした鼻面だとか、くっきりとしたツートンカラーの車体だとか、他の車たちより大型のリアウィングだとか。
 地下駐車場に停めたキースの車がどれだかわかったと言って、カリーナは鼻白んだ顔をしていた。『なんか意外、あれって不良っぽくない?』と。
 気持ちはわかる、とイワンは思った。レーシーだけれど、お洒落ではない感じがする。若い女の子でこの助手席に乗せてやると言われたら、よほどの車好きでない限り興ざめしそうだ。
『買ってからかなり経っているしね。あれは旧モデルだし、確かもう…』
『絶版車ですよね』
 十年以上前のモーターショーにコンセプトカーとして登場したのが最初だ。当初は少量限定生産する計画だったのだが、モデルチェンジを繰り返し、排気量は拡大され、車体は軽量化されていった。
 そこでタイムアタックの記録が飛び出したわけだ。しかし、メーカーの再編なども起きて、一昨年だったか生産を終了している。
 もう中古車でしか取り引きされていないのだが、状態さえよければ新車同様かそれ以上の価格というマニア向けの車なのだ。
『あ、ちゃんと大切に扱いますから』
『大丈夫。信頼しているよ』
 あっけないほど簡単に、キースはキーを渡してくれた。
 車を置いて行かなければならなくなったとは言っていたが、それにしてもあっさりとその車を貸してくれるものだ。イワンの胸がちくりと痛む。
『慣れないうちは乗り心地が少し硬いかな。轍にステアリングを取られることがあるから気をつけて』
『あの…どうしてこの車を選んだんですか?』
 両の手のひらでキーを暖めるようにしながらイワンは尋ねる。
『車体のカラーリングが気に入って…とか?』
『それもあるけどね』
 キースは笑った。
『この車を予約していた人と連絡が取れなくなったと、カー・ディーラーが困っていたんだよ。ちょうど車を見に行った、その横でね』
『で、買っちゃったんですか』
『衝動買いだね』
 呆れるべきか、笑うべきか。
 究極のお人好しなのか、運命の悪戯か。
『キースさんって一目惚れする性質なんですね』
 イワンが茶化すように言うと、キースはふっと真顔になった。
 しまった、とイワンは慌てて視線を下げる。
 いくらハイスペックの絶版車を目の前にしているからといってハシャギすぎた。
 キースも自分の表情の変化に気がついたのか、取り繕うように言う。
『悪かったね、長々と話して』
『……いえ』
 キースに、迎えの車がやってきた。どのみち、今日は自分の車をここに残していかなければいけなかったんだ、だから気にしないでいいんだよ、と親切にもキースは念を押す。
『じゃあ、いいドライブを』
『はい、お借りします』
 本当ならこんな頼みごとはするべきではなかった。
 いや、頼みごととしてなりアリだろう。親しい先輩に車を借りたいと強請るくらいは。
 ただ、タイミングの問題だ。
 そうは言っても、イワンのほうが先に声をかけてしまったのだし。
 ちょっとした脅しみたいに、思われなければいいけど。
 イワンはふぅっ、と息をついた。
 もういいや。借りたんだから、サッサと走らせて返せばいい。
 手の中のキーを揺する。
 キーホルダーのチェーンとキーのこすれる、軽い金属音がした。



 車を貸して欲しいとキースに言ったのは、いい思いつきだった。
 イワンはそう自分を褒めてやりたくなった。
 それから、この車を。
 これは、いい車だ。
 この車を選んだキースも、ほんの少し褒めてあげてもいいかもしれない。
 そこまで考えて、イワンの表情が緩む。
 合法的な速度で走っている間は、メーターの針がほとんど振れない。
 それでも、遠雷のような排気音といい、乗り心地といい、この、速そうでいて速い、ってカンジは楽しい。
 電子制御で固められた無機質な速さではない、アナログな、血が通った速さ。
 最新の車ならドライバーの未熟さをコンピュータを満載した車のほうでカバーしてくれるのだ。
 この車には、そんな親切さはない。動かす側の手腕が車を越えていなくては飛ばせない。もしくは、自分がコントロールできる範囲の中で遊ばないといけない。
 コントロール。
 イワンは数時間前のことを思い出して、せりあがってくるため息を押し殺した。
『……ちょっと、いいですか』
 そう切り出したのはイワンのほうだった。
 トレーニング・センターのあるフロアの廊下で、キースにそう声をかけた。
 二人は少し前にトレーニングメニューを終え、イワンのほうが少し早く着替えを終えていた。
 廊下をブラブラしていたように見えたイワンがロッカールームから出てきたキースを見つけて、声をかけたのだ。
『うん、何だい?』
 いい天気ですね、と言われたような顔でキースは振り向いた。
 振り返って、自分を見上げてくる後輩を見ると、このあとのスケジュールを頭の中で確認したらしい。
『私なら次の予定まで少し間があるよ。下の喫茶室にでも行こうか?』
『そんな大袈裟なことじゃなくて。あの、ほんの少し、お話したいことが』
 その半歩後ろに立つイワンは緊張をにじませた顔つきで、けれど、大したことじゃありませんと懸命に伝えようとしているようだった。
『下まで、ご一緒してもいいですか』
 下というのは普段なら、キースにとっては駐車場のある地下、イワンにとっては通用口のある2階のことだ。
 もちろん、とキースは応えて、二人は廊下を進んだ。
 エレベータのボタンをイワンの指が押して、二人は並んで表示板の数字が変化するのを眺めた。
 ポーン、とエレベーターの到着を告げる音が聞こえて、二人は小さなガラス張りの部屋に入る。
 キースは地下、イワンは2階に止まるように、とそれぞれの指が小さなボタンを押した。
 するするとドアが閉まる。
 数字は一定のペースで減ってゆく。
 これは、ヒーローたちが使用するフロアと低層階を結ぶ直通のエレベーターだった。
 イワンは、話があるようなことを口にしたくせに、ただ黙って階数表示のオレンジ色のランプを見つめていた。
 その横顔に、キースは目をやった。
『ねぇ、イワンくん』
『はい』
 イワンはハッとしたように顔を上げる。
『私からも、ひとついいだろうか』
『あ、はい』
『驚かないでほしい…と言っても無理かな。私は、その、きみのことが好きなんだ』
『……はい?』
 ポーン、と少しくぐもった到着音が小さな部屋の中に響いた。
 2階に到着したのだ。
『ああ、すまない。きみはここで』
『あ、いえ、あの…お、降りません』
『ああ、そうなの?』
『なんか、いつもの癖で押しちゃって。僕も、あの、地下に』
『そう、それじゃあ』
 キースの指が《閉》のボタンを押す。
 二人を乗せたまま、ドアはするすると閉じた。



 キースの車に乗ってジャスティス・タワーのゲートをくぐった。守衛は一瞬おやっ、という顔をしたものの、イワンのIDも車のナンバープレートも登録済みのものだ。シャッフルされていても咎めだてするいわれはない。
 馴らすためにしばらく街中を走った。車を降りて、空を仰ぐと一番星を見つけた。
 適当な店に入って腹ごしらえを終えると、イワンはキースの車とともにハイウェイに入った。
 平日の夜なので交通量はそう多くない。
 金曜や土曜の夜は、走ることに命を賭け金も注ぎ込んだ男たちが集まってくると聞くが、やはり彼らも平日は大人しくしているのだろう。
 ハイウェイに入ると、借りものの車はその魅力を増した。
 スピードをあげるほどに安定感が増し、コーナーでも定規で線を引くように狙ったラインをトレースしてくれる。
 すごい一体感だ、と驚く。はじめて動かしていて、これだなんて。
 イワンは緩みそうになる唇を軽く噛んだ。
 あの人は、この車を本当に通勤にしか使わないのかな。
 こんなに走れるのに。
 ヒーローとして活動しているときのことを思うに、機械の操作が苦手な部類ではなさそうだ。
 スピードも、嫌いなわけではないだろう。
 風を切ること。どこまでも速く駆け抜けること。
 でも、とイワンは思う。
 やらないのかもしれないな。誰かと競うように飛ばすなんて。
 モンスター並みのマシンをあえてゆったり転がすのにだけ使う、というのもそれはそれで恰好いい気がする。
 それも、考えてやっているのではないだろうけど。
 ピンときたから。好きだと思ったから。そうしたら、手を伸ばしているし、声に出しているのだ。
 エレベーターの中で。
 二階から地下までの短い間、二人は箱の中で沈黙を守っていた。
 ドアが開いて、キースは《開》のボタンを押す。もう一方の手でイワンに先に降りるように促しながら。
『……あの』
『どうぞ、お先に』
『ああ、はい。……それで、あの』
 イワンに続いてキースも地下に降り立った。ドアが閉まる。エレベーターは上の階へと呼ばれていったようだ。
『すまない、驚いて当たり前だ。それに、きみから何か話したいことがあったんだったね? 私のさっきの話は気にせず、どうか何でも言ってほしい』
『いや、でも、そんな…気にせずって』
『私の話はとりあえずさっきので全部なんだ。私はきみが好きだ。有り体に言って恋をしている。それを隠したり嘘をついたりしたくない。そういうのは得意じゃないしね。あとから、巡り巡ってきみの耳に入ったら、あまり気分のいいものではないだろうから、だから早いうちにと思って』
『早い、うちに……』
 イワンはおろおろと視線をさ迷わせた。
 エレーベーターを降りたら月面だったというほうが、まだこんなに驚かなかったかもしれない。
 喜ぶべきなんだろう、と思うが、とてもじゃないけれど笑顔なんて浮かばなかった。
 少なくとも照れたり頬を赤らめたりくらい、体が勝手に反応しそうなものなのに、あんまりな出来事に俯くしかなかった。
 言うはずだったのだ。
 ここから何十メートルか上のフロアの、廊下に立っていたときには、そう決めていたのに。
 イワンから、言おうとしていたのだ。
 キースに、好きだと。
 どう言おうどう言おう、とずっと考えて。
 特にこのひと月は、いつ、どこで、どんなタイミングで告げようと、キースや他の仲間たちの反応をちらちらと窺って。
 まるで就職したばかりの頃のように、あちらで交わされている小声の会話は、自分のよくない評価なのではないか、とか、笑い声が聞こえたら自分が嗤われているんじゃないかと思ってしまったりして。
 髪の毛の先まで過敏になったみたいに、神経を尖らせていた。ここのところ、ずっと。 
 なのに、どうして。
 イワンは顔を上げる。キースと目が合う。困ったような、くすぐったそうな笑みをキースは浮かべた。
 ああ、笑っている。
 これまでだったら、目にしたら無条件に嬉しくなるはずのキースの笑顔が、胸の中をひっかき回していく。
 どうして笑ってるんだろう。普通の、ちょっとしたことみたいに。
 そんなにあっさりと。何でもないことみたいに。
 好きだ、って。恋をしている、だって。
 僕もです、と言えばいいのだ。
 僕も言おうと思ってたんです、と言い返せばいい。
 早く言わなければ。
 それなのに、イワンは視線を下げてしまう。
 さっきのエレベーターの中でなら、ひとつ頷きさえすればよかったのだ。わかっている。なのに。
 不意を衝かれたようになって、何を言っていいかわからない。
『きみの、話というのは』
『……はい、ええと』
 車を、とイワンの口が動いた。
 顔を上げると『車を貸してもらえませんか』とイワンは訴えていた。
 


 回想からイワンを引き戻したのは、急速に近づいてきた太く重い排気音だった。
 イワンの脇を鳥のように飛び去っていったのは、赤をベースカラーとした鋭いシルエットだ。
 こんな車を飛ばしているから、ちょっかいをかけられたのだろう。まずその分析があって、躊躇はほんの一瞬だった。ハンドルを切ると自分を抜き去った赤い車を追うように加速する。
 アクセルを踏み込む。前をゆく排気音が、こちらを飲み込むように大きく迫ってくる。
 イワンはハンドルの上で指を弾ませた。
 回転計は跳ね上がり、エンジンのトーンも高くなる。
 飛ばすほどにタイヤは吸いつくように路面をグリップし、少しもぶれることなく狙ったラインを正確に描いてゆく。
 自分が他の車を追い抜いているのではなく、他の車が勝手に後ろへ飛び去っていくような錯覚を覚える。
 ハイウェイとはいえ公道で出すべきスピードではなかった。ここはレース場ではない。生活のために走る人々の間を抜けて運転しているのだ。
 もし、事故でも起こしたら取り返しがつかない。立場をわきまえなくては。
 頭の片隅では確かにそう考えているのに、イワンはアクセルを緩める気になれなかった。
 はじめはじわじわと、そしてダムが放流されたように脳内に快楽物質が広がってゆくのがわかる。
 こうしていると、車を借りたがっていたのが本当のような気がしてしまう。
 さっき自分の口から転がり出た頼みごとは、思いつきなんかではなくて。こうやって、車を飛ばしたかったような気が。
 これが、自分の望みだったのなら、キースに好きだと告げようとしていたのは、何かの思い違いのような気さえする。
 キースが、自分に好きだと言ってくれたことも、何かの記憶違いみたいな気がしてくる。
 頭蓋骨の内側と脳の間にはりついた余計なものがパラパラと剥がれ落ちていくイメージ。
 前方の赤い車も、こちらの存在に気づいたようだ。さっきからバックミラーにずっと映りこんでいるはずだ。
 向こうが仕掛けてきた。
 イワンを引き離すと、隣を走る壁のような巨大なトレーラーにぎりぎりまですり寄っていく。トレーラーの運転席まで達すると、ふっと掻き消したようにイワンの視界から消えた。
――いいよ、乗った。
 イワンも同じようにトレーラーの前に回り込む。その寸前、車線の前方を走っていたクーペが減速したので一瞬ひやりとさせられた。トレーラーと側面とクーペの背後にできたわずかな隙間にすれすれで突っ込み、トレーラーの正面に躍り出た。
 ちょっと無茶をしたな、と思うが焦りはなかった。
 頭は冴えているし、体もリラックスしているのがわかる。
 その攻防で火がついたように、タイトな赤い影は何かがふっきれたように左右の車線を飛び回ってゆく。
 イワンも目に見えないポイントを次々とクリアするようにその後を追った。
 ジャンクションが近い。そろそろ仕掛けないと逆転はない。
 激しいスキール音が上がる。自分の体の下から聞こえる音だ。シートにぐっと体が押しつけられる。
 赤い車の左から姿を見せ、イワンはその横にぴったりと並んだ。二つの鉄の塊が最高速度で寄り添って走る瞬間はどこかセクシャルな感動があった。
 二つの車線のそれぞれ前方に、仕組んだようにトラックが走っていた。二台のトラックの位置はほとんど同じ。走る壁だ。減速しなければ衝突するしかない。
 赤い車の中の男は、スピードを落とせ、アクセルを緩めろ、と念じているだろうな、とイワンは思った。
 さっきよりずっと軽くなったように感じる脳が警告を発している。
 でも、そのどちらにもイワンは応じるつもりはなかった。
 判断を誤ったら命を落とす。
 それがどうしたっていうんだ。そんなの、よくあることだ。
 死ね、と思われたこともあるはずだ。武装した犯罪者たちから。いまより、もっと強く。
 片方のトラックがわずかに減速するのが見えた。走る壁に隙間が生まれる。
 二つの鉄の塊が同時に加速し、その隙間に飛び込もうとする。並んで通り抜けられるはずがない。
 赤いモンスターが接触すれすれに寄せてきた。それでも、イワンはアクセルを緩めてなどやらない。
 走ればいい。ただ、走り抜ければいいだけだ。



 自販機から転がり出てきたコーラには、ブルーローズのウインクした顔が印刷されていた。
 ちょっとためらったが、プルトップを起こす。ぶしゅっ、とやけに水っぽい音がして飲み口から泡があふれ出し、缶を持っている手まで伝った。
「あーあ」
 手を持ち替えて、とりあえず一口飲んだ。
 全然コールドじゃない。甘さが増して感じる。
 それでもイワンは腰くらいまでの高さがあるゴミ箱に尻を凭せかけて、喉を鳴らしてコーラを流し込んだ。
 長い、一瞬だった。
 二台のトラックの間に生まれた隙間を、イワンは走り抜けた。
 走りながら、ゆっくりとカウントする。1・2・3・4・5――衝突音は聞こえなかった。遊びにつきあってくれた赤い車の主は死なずに済んだのだろう。といっても、そうかと思っただけで、よかったという気も湧かなければ、残念とも思わなかった。
――死にかけたんだっけ、僕も。
 普段からよくあることだ。
 卑下しているわけでも、諦めているわけでもない。けれど、自分が就いているのは定期的に死にかける仕事だった。
 パーキングエリアで車を停める。降りると、携帯電話を抜いた。
 思いついたことをしただけだ。キースのように。頭に浮かんだ番号をコールする。
 何度かコール音が鳴り、留守番電話につなげるとアナウンスが流れだした。イワンは電話を切った。
 携帯電話をしまう。それから、自動販売機へと歩いた。
 気分は良くも悪くもなかった。さっきの、トップエンドの走りの中にいたときのような昂揚感はすっかり消えていた。
 べたべたする手をトイレで洗ってから車に戻ろうとした。
 ヤバイ、と思った。
 トイレから出ると、そのすぐそばに赤い車があった。タイトなシルエット。
 ほっそりした2シーターのボンネットを開ければ巨大なエンジンがバルクヘッドにめり込むようにして搭載されているはずのスポーツカー。
 ついさっき、私的なレースでイワンが打ち負かした相手だ。
 近くには、もう二台モンスターと呼んでよさそうな、改造を重ねられたスポーツカーが停まっている。
 ちらりと見ると、運転席には人影がなかった。イワンはホッとして、自分の…いやキースから借りた車に戻ろうとする。
 戻ろうとした車のそばに長身の影が立っていた。少し離れた場所にもう二人。
 咄嗟にわかった。さっき負かしたヤツの仲間だ。
 ゆっくりと振り子のように両腕を振りながら、男はイワンに近づいてくる。それ自体がヒップホップ系のダンスみたいな歩き方だ。バーナビーより縦も横も大きいかもしれない。
 面倒は避けたい。あんな公道レースをした人間が言えるセリフではないことは承知だけれど、自分の職業もそうだし、これは借り物の車なのだ。
 イワンは迷った。車に飛び乗ろうか。
 ネイサンなんかよりもずっと濃い黒檀みたいな肌の若い男。彼はゆったり歩いてくる。
 そして、片手をスッと上げた。長い指を揃えて、眉の横につける。どこかの誰かに似た敬礼を贈られて、イワンはなぜだかまぁいいかという気分になった。
 ハイ、と彼は言った。
 近くで見ると、自分とあまり歳は違わなそうだった。怒っているようには見えない。
「さっきの話、聞いたぜ。いい車だな」
「……ありがとう」
 でも、とイワンは慌てて付け足す。
「これ、借り物なんだ」
「レンタカーか」
「あ、知り合いの」
「知り合いの車でレースかよ。すげぇな」
「……ええと、つい」
「マジか。イカれてる」
 そう言うなり、彼は笑い出した。
 イワンとしては正直に答えたつもりなのだが、なぜだかその大男には大受けした。
「モー」
「え?」
「オレだよ。モー。あんたは?」
「あ…イワン、だけど」
 かつての級友みたいな口ぶりだった。
 オレのことはエドでいい。お前は?
 フルネームなんて持たないような軽やかな口のききかただ。
 本名はモーリスとかそんなだろうか。バスケット選手にそんな登録名にしていた人がいる気がする。
 モーと名乗った男が後ろを振り向いて腕を大きく振った。仲間に来いと言っている。
 今度はイワンは、ソワソワとはしたが危機を感じることはなかった。
 彼らの恰好が、手の甲にまで脅し文句のタトゥを入れていたり、ド派手なジャージに金ピカのバスケットシューズであっても。
 スカジャンにだぶだぶのカーゴパンツとワークブーツという、自分の風体を考えれば、彼らを怖がるのもおかしな話だ。
 さっきのレースでイワンに負かされた男も、一度悔しそうに片頬を歪めただけで、あとは笑ってイワンの肩を叩いた。
 こっちに来いよ、と招かれて、イワンは彼らの愛車の自慢を聞いた。
 車体のカラーリングについての打ち明け話や、一風変わったペインティングの意味。
 中古の部品をいかに仕入れるかというコツ。苦労話や失敗談。一目置いている技術屋のエピソード。
 はじめて転がした車のこと。本当は乗りたい車。手に入れそこなった車の、それから憧れの車の話。
 車の運転は久しぶりだとイワンが告白すると、ブーイングが起きた。
 イワンはびくり、と背を震わせた。片手をそっとジャンバーに伸ばす。
 電話だ。ブルブルとポケットの中で震動している。
「出なよ」
 イワンに負けた男が笑顔で言ってくれた。
 イワンはうなずく。まだ震動をつづけている精密機器を引っ張り出す。
 小さなディスプレイを覗き込む前から、そこに表示されているだろう名前は何となくわかっていた。
「……もしもし」
『やあ、電話をくれたね。今さっき、パトロールが終わったばかりで』
「あ、そうですよね。ついかけちゃって。すいませんでした」
『ドライブは終わったのかな。今どこだい?』
 電話の主は、やはりキースだった。イワンは、ハイウェイの途中のパーキングエリアにいることを告げた。
 イワンが車を褒めると、その背後からも同じようなセリフを言う声が続く。ただし、こちらは随分と賑やかに。
「このモンスター・マシンのオーナーか? あんたの車、最高だって伝えてやれよ」
「こいつを買い取らせてもらったらどうだ? 車もいいけど、お前の腕がいいんだから」
『……友達といるのかな?』
「っていうか、あの、車に乗ったら友達に…なったっていうか」
 はぁ、ともへぇ、ともつかないキースの声が電話の向こうから聞こえてきた。イワンは思わず吹き出してしまう。
 自分だって不思議だ。職場の仲間とだってマトモに喋るのにかなり時間がかかったのに。
 殺し合いみたいに並んで走って、そのあとで打ち解けてしまったなんて。
 そのまましばらく、イワンは自分の笑い声を電波に乗せていた。
「……あの、夕方の、話ですけど」
『ああ、夕方の』
「エレベーターの中で言われたこと」
 相槌にしては心許ない声が返ってくる。
 イワンはひとつ息を吸う。
「あなたが、好きです」
『……え』
「ていうか、かなり前からそうなんです。あの、これから、車を返しに行きますから。そのとき、直に言いますけど。一応、早いうちに、と思って」
 イワンの背後では、事の成り行きに盛り上がったスピードマニアたちが口笛を吹き鳴らしたり、滅茶苦茶に声をあげている。
 電話の向こうに自分の声は届いているだろうか、とイワンは思う。後ろの喝采のほうがボリュームが大きいような気がする。
『車を返すのは明日だって構わないんだよ』
「いまから行きます」
『これから…こっちに?』
「そうです。このあと、すぐ」
 しばらくキースの声が聞こえず、イワンは一度耳から電話を離すと、ディスプレイを覗き込んだ。大丈夫、通話中だ。
『……遅いから気をつけて』
「めちゃくちゃ飛ばして行きます」
 また背後で爆笑が起きる。イワンは返事を待たずに電話を切った。
――I'm a highway star



―― END



 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


I love it and I need it, I bleed it (愛してる、欲しいんだ、血みたいなものさ)
Yeah it's a mad hurricane (まるで狂ったハリケーンなんだ)
Allright, hold tight, I'm a highway star (しっかりつかまって、オレはハイウェイ・スター)




過去(といっても数時間前ですが)と現在のシーンがポンポン入れ替わるのをやってみたかったのです。
Deep Purpleの「Highway Star」を鼻唄しながら書きました。(鼻唄…)


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Posted on 2012/10/02 Tue. 00:02 [edit]

category: SS(空折)

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