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空/折 「アソビノソノ」 

空と折が遊園地に行くだけの話です。くっついてません。小学生以下かも。

大好きな写真素材サイト「ギリオ」さまの、中でもお気に入りの写真を
pixivの小説表紙用サイズにして下さっていたので、自分のページに
飾りたいがためにSSを書きました。

asobino

なので、こっちにも表紙を載せます!

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


アソビノソノ


 肩で大きく息をつくイワンに、キースは手を伸ばした。
「大丈夫かい?」
 首をかくんと曲げてしまって、長い前髪がイワンの表情を隠している。
 プラチナ色の髪を梳いてやろうとして、キースはその直前で手を止めた。不用意に触れると、またいつかのように大慌てされかねない。
「……キースさん、も」
 首を折ったままだが、イワンは小さな声で話し始めてくれた。
「うん? 私?」
 イワンは小さく顎を引く。
「キースさんでも、悲鳴、あげるんですね」
「おかしかったかな?」
 いえ、とイワンは細い声でつぶやく。
「だって、いつももっと…すごいことするわけじゃないですか」
 イワンはふーっと息をつくと、そこでようやく前を向いた。そのまま、首が仰のく。イワンの視線を追って、キースも斜め上を見上げた。
 二人の上から悲鳴が降ってくる。
 助けを求めているわけではない。苦しげでも悲痛ではない、明るく楽しげな悲鳴。
 いまさっき二人が降りてきたばかりのジェットコースターからきらめくような叫び声が降り注いで、遠ざかっていった。


 発端は、ティータイムを少し回った頃のことだった。
 ジャスティス・タワーのトレーニングセンターで、イワンの姿を見つけたキースが小走りに駆け寄ってきた。
 イワンはトレーニングを終えたところだった。キースは下のフロアで別の用でもあったのだろうか、と思う。
「イワンくん、イワンくん」
「あ、おはようございます」
 にこにこと駆け寄られ、イワンは笑い返すより緊張をにじませた顔になってしまう。
 嬉しいことは嬉しいのだ。しかし、キースのタイミングというのはいつでも唐突で、イワンが予想するよりワンテンポどころかツー、いやスリーテンポくらい早くて、イワンは何らかのリアクションをするのが精一杯という時すらあった。
「おはよう」
 とキースは言いながらフライトジャケットのポケットをさぐる。
「そして」
 長細い紙が一枚、
「おはよう」
 もう一枚、ポケットの中から姿を見せた。少しくしゃくしゃになった紙片を両手に挟んで伸ばすと、キースは二枚の紙をイワンの前に突き出した。
「これは、貰い物なんだけれど」
 チケットだ、とイワンは思う。長方形をした紙の縦横の比率がちょうどそんなふうだった。キースは縦に差し出したので、紙切れはイワンの目の前で逆のU字型に折れ曲がった。
「よかったら」
「何の、券ですか?」
「遊園地だよ」
「遊園地」
 イワンは繰り返す。遊園地。ひどく平坦な声に、キースは不思議そうな顔になった。
「ナイトパスと交換できるんだ。夕方からならアトラクションに乗り放題だ」
「はぁ、乗り放題」
 こういうとき、本当なら何と言うべきなんだろう。イワンは自分の無感動な声を聞きながら考えていた。
 遊園地。記憶を辿る。子供の頃に連れて行ってもらって以来だな。親が連れて行ってくれた、というより親戚の子供たちと一緒に何家族かで半日過ごした。
 年上のませた子供たちと、年少の子供たちでは乗りたいものが違って言い合いになったり、やけにサイズの大きくてカラフルなアイスクリームやキャンディにむしゃぶりついたり、くたびれてベンチで寝てしまう子がいたり、そんな記憶がある。遠すぎて、自分ではない誰かの物語のようだ。
「あの、僕…は」
 遊園地のチケットは二枚あった。イワンは、一緒に行くような間柄の相手を思い浮かべることはできない。
 もらっておけばいいか、と一瞬思うけれど、こっそり捨ててしまうことも躊躇われた。
 何日かして、楽しかったかい? と聞かれたら、うまく受け答えできそうにない。
 遊園地。もう一度考える。一緒に行く相手が思い浮かばないのは、みっともないことなんだろうか。
 せっかくですけど、と言おうとすると、キースのほうが先に口を開く。
「今日、このあとは仕事かい?」
「いえ、特には」
 書店にでも寄ろうかと思っていた。地下一階から八階まですべてのフロアが書店になっている、巨大なブックストアだ。故郷にあったら、毎日でも通っただろう。新刊書を見て、コミックや雑誌を漁って、最近は仕事に活かせるかもと考えてタレント本の類もチェックしている。
「じゃあ、どうかな」
「え?」
「ちょっとお茶でも飲んでいたら、すぐ夕方になるから」
「夕方? え?」
「いますぐ、だと入れないんだ。だから」
「え、はぁ……はい?」
 イワンがはぁ、と言ったのと同時にチケットが片方、差し出された。思わず手を出して受け取ってしまう。イワンの手の中でチケットはくにゃりとお辞儀をした。
「明日でもいいんだけれど」
「明日」
「私のほうが明日は予定が詰まっていて」
「は、はい」
「そう、明日までなんだよ。このチケットの有効期限が」
 キースは笑うと、もう一枚のチケットを元通りポケットに納めた。
「じゃあ、行こうか」
「はい……っていうか、あの…ええと」
 キースは背を向けて歩き出そうとする。イワンのためらうような声に、足を止めて振り返った。
「もしかして、一緒…に?」
「ああ、このあと、済ませておきたい用事があるのかい? だったら、ゲートで集合しようか」
「あ、ない…です。用事は、今日は、別に……平気です」
「無理を言ってるようだったら」
「いや、あの、無理じゃないです、全然」
「そう。よかった」
 キースはそう言ってパッと笑う。イワンも短く笑みを浮かべた。短すぎて、痙攣に見えたかもしれない。
 一緒に? 隣を歩きながら、イワンはそろそろと顔を上げてキースの横顔を盗み見る。つまり、これは、あれだ。
 イワンはまとまらない思考を捏ね回す。この人と一緒に、遊園地に行く? しかも、これから、すぐ? もしかして、友達がいなそうなイワンのことを気にして一緒に行ってくれようとしているのだろうか? いや、それなら他の誰かにあげるなり、他の誰かを誘えばいいわけで。ええと。
 何をどうしたらいいのかも考えつかず、イワンはとりあえずキースの歩みに遅れないように左右の足を交互に出すことだけに専念した。


 また、悲鳴が降ってくる。
 夕方といっても、まだ空は明るかった。
 カラフルな色の庇をした売店が並び、その手前に白いテーブルとチェアが何組も置かれている。
 そのうちのひとつにイワンは腰を下ろしていた。
「大丈夫かい?」とキースが尋ねる。
 心配そうな顔をさせていることに、イワンは申し訳のなさが募った。
「さっきから、何度もそれ、言われてますね」
「ああ…すまない」
「いえ、あの、しつこいとか、そういうことを言いたかったんじゃなくて」
 ジェットコースターから降りると、ドッとくたびれた。
 ちょっと座っていいですか、とイワンがか細い声で言うと、キースは飛び上がりそうになって、イワンの肘のあたりをそっとつかむと、このテーブル席に連れてきた。
 何か注文しなければいけないのかとも思ったが、隣のテーブルでは次は何に乗ろうかとはしゃいでいる少女たちがいて、彼女たちも案内マップの他は手ぶらだった。空いていれば休憩に使っても構わないらしかった。
 ジェットコースターから降りてもイワンはまだフワフワした感覚に浸されていた。こんなふうだったっけ、と考えを巡らせて、気がつく。
 久しぶりに、というより、もしかしてはじめて乗ったのかもしれない。子供の頃に乗ったことがあったとして、さっきのような最新式のものだったとは思えない。田舎の、せいぜい連続で二回転するくらいのコースターだったはずだ。そのことに気づいたら笑いがこみ上げてくる。
「……イワンくん?」
「あの、僕、はじめてでした。たぶん」
「え?」
「ジェットコースター」
「本当に? それは……」
 言いかけて、キースは口をつぐんだ。悪いことをしたね、とか大変だったね、とか何を言っても当てはまらないような気がしたからだ。
「私だって、久しぶりだったよ」
 その言い方が、何だかムキになって競っているようにも聞こえて、イワンは口元をゆるめた。
「はは」
「おかしいかい?」
「ちょっと」
 イワンが楽しそうに言うので、キースも微笑んだ。
 いつもオドオドした顔ばかり見せられているせいか、何だかとても違った気分になる、とキースは思った。ああ、そうだ。得したような気がするのだ。
 イワンは空を見上げた。大きくカーブしたレールが空を横切っている。
「あれ、すごいですね」
「怖かった?」
「まぁ、やっぱりうわぁ、ってなりましたけど。っていうか、このジェットコースターって乗り物が」
 これ、乗り物ですよね、とイワンは言う。
「乗り物なのに、元いた場所に戻ってきちゃうところとか。ドキドキしたり騒ぐための乗り物なんだってこととか」
「はぁ、なるほど。そういう考え方はなかったな」
「遊園地の乗り物って全部そうかな。どこへも行けない」
 イワンの奥で、少女たちが立ち上がる。小走りで次のアトラクションへ向かっていく。
「キースさん、鉄道会社じゃないですか、お勤め先が」
「ああ」
「どうですか、ポセイドンがこういうの作ってたら」
「お客様に安全な驚きをご提供します、とか?」
「ははは、変ですね」
「変だね」
 キースも笑ってしまった。
「宇宙人とか来たとして」
「え?」
「説明するの難しいでしょうね。どういう用途なんだ、って。安全にスリルを体験する、なんて娯楽として認識してもらえるのかな」
「きみは、面白いことを考えるね」
「前に読んだSFでこういうのがあったんですよ。宇宙から地球を侵略しようとやって来た種族が、彼らはフィクションってものを理解できなくて、スーパーマンもスパイダーマンも全部実在するって思っちゃって、慌てて逃げ出すっていうの」
「へぇ。それはよかった」
 物語でも平和が保たれたことはよかったと、キースは思う。
「シュテルンビルトにはいますけどね、ヒーロー」
「宇宙人とは友好にいきたいね」
「ですよね。僕は宇宙人相手でも見切れたいですね。市長と宇宙人の握手シーンとかを狙って」
 理解されるかなぁ、見切れ。イワンの真剣な口調に、キースは吹き出してしまった。
 笑い止まないキースを怒るでもなくイワンは眺めていたが、少しして「さっきの」とつぶやくように言う。
「さっきも思ったんですけど」
「うん?」
「キースさんって、空、飛べるじゃないですか」
「そうだね」
 周囲に人がいないので、二人は声を落とすことはなく雑談のような調子で話した。
「コースターなんかより、もっと真っ逆さまに落ちたりとか、もっと速く飛ぶでしょう? なのに」
「わーって叫ぶのは、おかしい?」
「おかしい、っていうか、疑問です」
「だって、そういうものじゃないかい? ジェットコースターなんだから」
「え? マナーみたいな?」
「マナーというか、そのほうが楽しいかな、と」
 キースは顎に指を当てて小首を傾げた。
「まぁ私も久しぶりだったからなぁ。前はどうやって乗ったのか、考えてみれば記憶があやふやだ」
「いえ、あの、そんな真面目に考えてもらわなくても」
「でも、そうだなぁ。あの『カタッ』となることで、悲鳴が出るのかもしれないな」
「……カタッ?」
「ほら、一番高いところまで行くと、一度止まって」
「ああ、はい」
 今からはじまる、というみたいに。
 コースターが、それに乗った乗客ごとカタッ、と揺れて、止まる。
「あの『カタッ』となるのは、ちょっと嫌かもしれないな。自分では、ああはならない」
「そりゃあ、まぁ」
 イワンは笑った。ジェットコースターは機械だ。スカイハイはNEXTを使って飛ぶ、ヒーローじゃないか。
「高いところは嫌いかい?」
「そんなことないですよ。タワーの展望台の床に強化ガラスが嵌ってたりして、覗いてくださいってやつ、けっこう平気です」
「空を飛んでみたい?」
「ああ、いいですよね。一応、ヘリ飛ばせるんですけど、僕」
「それはすごいな」
「でも、ヘリは借り物ですからね。好きなときに飛ばせるわけじゃないし。緊急のときくらいだし」
「今度、飛んでみるかい?」
「えっ? それって、その」
「嫌かな」
「嫌っていうか、だって、それってどういう状況なんです?」
「状況?」
 イワンは空を見上げる。
「だって、救助されるか、確保されちゃうわけでしょう、僕が」
 スカイハイに、とこれは声を出さずに唇を動かす。
「やっぱり、それはマズイような気がします。ああ、でもスポンサーロゴがカメラに映れば、よくやったって言ってくれるのかなぁ、うちの会社の人だと」
「ヒーロースーツを着ていないとダメなの?」
「着ていないと…って、こういう普段着で、ですか?」
「うん」
 キースはこっくりとうなずいた。子供みたいな同意の仕方だ。
「いや、ええと、あの」
「こっそりなら」
 こっそりですかぁ、とイワンは唸る。
 この大都会でこっそりなんて、無理じゃないだろうか。
「あっ」
 キースは何か思いついたように、首を巡らせた。
「次はあれに乗ろうか。もう、イワンくんが大丈夫だったら」
 キースの言う『あれ』とは、どうやら向こうに見える観覧車のことらしい。
「あれも空を行くけど、また、自分で飛ぶのとはまったく違って、楽しいよ」
「ふ、二人で?」
「ん?」
「おかしくないですか?」
 おかしいって、とキースは目をパチパチさせている。
 成人男性が二人で乗るようなアトラクションとは思えない。
「恥ずかしく、ないですか?」
 イワンはもう一度尋ねる。
 ジェットコースターじゃないんです。観覧車なんですよ。
「ええと、何がだい?」
 キースも不思議そうな顔で聞き返してくる。
「……いいです」
「いい?」
 何が恥ずかしいの、と訊かれてしまうと、恥ずかしがるほうがおかしいような気がしてくる。
 そうだ、前後に並んだ客と、係員くらいしか自分たちを気にする人なんかいるはずがない。
「乗りましょう。観覧車」
 イワンは重々しく言うと、ひとつうなずいて立ち上がった。


 夕暮れどきの観覧車乗り場にはカップルの姿が多かった。女性どうしのグループもたまに見かける。
 やっぱり自分たちは浮いているな、とイワンは思って、けれど周囲の人たちは隣に並んだ相手にしか興味がないようだったので、少し気が楽だった。
「ジャスティス・タワーが見えるね」
 遊園地の中でも少し高台となっている場所に観覧車は建てられていて、いくらも進まないうちにシュテルンビルトの風景が視界に飛び込んできた。
「社屋も見えます」
「本当だ、見晴らしがいいな」
 ひとつ手前のゴンドラには、カップルの寄り添っている背中が見える。これはあえて、気にしないようにした。
「もっと風が入ればいいのに」
 申し訳程度に小さな窓があるだけだ。キースは片手を窓から出してぱたぱたと振っていた。
「冬だと寒いんじゃないですか? あと、揺れるとか」
 転落事故を防止する目的もあるのかもしれない。それを言っては、あまりにロマンがない気がしたイワンは、「ああ、そうか」とうなずくキースを眺めておくに留める。
 少しずつ、少しずつ、空に吸い込まれていくように昇っていくゴンドラ。
 高いところは地上より風があるのか、わずかにゆらゆらとした揺れを感じる。
「そういえば、僕、怖かったんですよ」
「高いところ…は、平気だと言っていたね」
「観覧車を、です。本当に小さい頃ですけどね。それも、遠くから見たときに」
 何だかわからなかったんじゃないの、と母は言っていた。小さな指で観覧車を指して、あれ何、あれ怖い、と繰り返したらしい。
「大きくて、丸くて、回っていて。自分のほうに向かってくるとでも思ったのかな」
「もう、怖くはないのかい?」
「……いま、乗ってるじゃないですか」
 イワンは急に照れ臭くなって、窓の外を眺めた。
 観覧車が怖かったなんて、どうして喋ってしまったんだろう。
 陽の名残りの色は地上すれすれにあるだけで、上空から夜が押し寄せてくるようだ。上から黒、藍、紫のグラデーションに染められている。
 ほとんどの建物から漏れる光が見える。行き交う車のヘッドライトの白、テールランプの赤。もう少し後の時間なら、地上の光がもっと目立つだろう。
「夜と昼が混じってるみたいで、この時間帯の空はとても好きなんだ」
 キースはつぶやく。同意を求めているようではなかったので、イワンは黙って、夜景と呼ぶには少し早い景色を眺めつづけた。
「きみの目に似てるね」
「……え?」
「ほら、あの色」
 キースは人差し指を斜め下に向けた。
「いや、イワンくんの目の色のほうが綺麗かな。澄んでいるのに、深くて」
 澄んでいるのに深い、とキースは口の中で言葉を転がす。
「うん? 矛盾した表現かな。澄んでいるのに、深い色…なら平気かな?」
 褒められているような気がするけれど、キースの喋り方があまりにあっさりしているから何だかわからなくなってくる。照れる必要もないような。
「そういうこと、あんまり言わないほうが」
 イワンはモソモソと告げる。
「すまない。私はすぐ思ったことを言ってしまう悪い癖があって」
「裏表がないのって、いいと思うんですけど」
「気を悪くしたなら」
 イワンはかぶりを振った。逆です、と声には出さずにイワンは思う。
 気を悪くするどころか、変にいい気にさせるから注意したほうがいいかな、って思ったんです。
 イワンが口を閉ざしているからか、キースも失言を避けようというつもりか、二人は静かに窓の外を眺めていた。
 もうてっぺんまで来ただろうか。もといた場所に、戻るための乗り物。
 ほんの少しだけ空をなぞって、ほんのすこしの楽しい時間を受け取って、もといた場所に戻っていく。
「観覧車は好きだよ」
 キースが、思い出したように言う。
「空を飛ぶのに、疲れないところがいいね」
 なるほど、とイワンは応えた。
 空は刻一刻と明度を落としてゆく。
 二人の乗ったゴンドラがかすかに、ゆっくりと揺れていた。
 

 観覧車を降りて、言い交わしたわけでもないのに二人の足はジェットコースター乗り場に向かっていた。
「いいの?」
 キースが訊く。
「はい」
 イワンはうなずいた。
 乗り放題なのだし。また、こういうのに乗るのってどれくらい先になるかわからないし。
 どこで坂があって、どこで回転するかは大体記憶した。もう、そんなにぐったりすることもないだろう。大したことなかったですね、って顔をして帰りたいし。
 けれど、セイフティ・バーがゆっくりと降りてきて、シートに体が固定されるとイワンは体温が下がっていくような気分がした。やはり、苦手なものは本能的にダメなのかもしれない。
 前の席のカップルは緊張を和らげるためにか盛んにお喋りをしていた。逆に後ろの席の女の子たちは「怖くなってきた」「うん、あたしも」と言ったきり黙りこんだ。
「それでは出発です! いってらっしゃい!」
 係員が大袈裟に手を振って見送ってくれる。発車のベル。こういうところは本当に《乗り物》だ。
 ジェットコースターがレールに沿って斜め上に昇っていく。
 座席の下、体の下からカタカタとローラー音が聞こえる。
「イワンくん!」
 キースが話しかけてきた。緊張をほぐそうとしてくれているのだろうか。いまさらのような気もするが。
「さっき、上までいって、カタッって止まるところが嫌だと言ったんだけどね!」
 キースはその音に負けないように声を張った。
「あ、あ、はい!」
 イワンは胸の前でセイフティ・バーを両手でつかみ、もういつ落ちていってもいいような体勢だった。慌てて首だけを横に向ける。
「あの、カタッっていうのが、いいのかもしれないよ!」
「え? 今度は好きなんですか?」
「そうだな、リセット・ボタンみたいな、ね!」
「ああ、はい」
 イワンはふいに逆を向いて、どれくらいの高さなのか確認をした。
「今日のチケットなんだけど!」
 キースはイワンの後頭部に向けて話しかける。
「もらったのは、実は一ヶ月以上も前なんだ!」
「あ、忘れちゃってたんですか?」
「ずっといつものジャケットのポケットに入れていてね!」
 カタ、カタ、とローラーの音がゆっくりになる。まるで、位置を確かめるように。
「ずっと言い出せなくて、きみに」
 動きが、止まる。一瞬の静寂。
「え?」
「それで、あんなにチケットがしおれ――」
 カタッ、と大きく前に進んだ、と思った瞬間の急速落下。
 風が顔を、全身を包み、耳の中でごうごうと渦巻く。歯を噛み締めても足を踏ん張ろうとしてもどうにもならない。ただ、ものすごいスピードで落ち、今度は駆け上がり、ぐるぐると揉まれ、肺の中の空気を残らず吐き出す。
 なんで、いま。
 イワンは叫んだ。ような気がする。
 舌を噛むのが怖くて、歯を噛み締めていたような気もする。
 なんで、いまそんなこと言うんですか。
 あのカタッっていう動きが、リセット・ボタンみたいだとキースは言う。
 そうかもしれない。
 リセット。何をクリアしてしまうんだろう。
 自分を包み込む風景が後ろに、後ろに飛び去ってゆく。
 隣から悲鳴が聞こえているような気もする。前からも、後ろからも。
 みんな楽しそうに、明るい悲鳴をあげ続けている。
 ガタガタと上下に揺れを感じた、と思ったら、コースターは速度を落として止まった。
 こんなに短かっただろうか。
「おかえりなさい!」
 係員が笑顔で声を張り上げていた。
 元の乗り場に、全員で戻ってきている。ああ、本当にこれはどこへも行けない乗り物だ、とイワンは思った。
「リボンが吹っ飛んじゃったぁ」
 後ろの席からそんな声が聞こえる。応えるように、笑い声も聞こえてくる。
 係員が前と後ろから二人、乗客にセイフティ・バーをあげて、降りるように案内していく。
「やばい、膝ガクガクしてる」
 前の席の男性が苦笑いして、ゆっくりとコースターから降りてゆく。
 イワンも立ち上がった。出口はこちら側で、イワンが降りないとキースが降りられないのだ。
 プラットホームに立って、イワンは振り返る。
「大丈夫ですか?」
 イワンが訊いた。
 キースはぽかんとしているように見えて。
「きみは?」
「さっきより、平気みたいです」
 イワンは手を差し出した。何か珍しいものを発見したような目で、イワンの手をキースは見ていたが、それを取ってホームに足を踏み出した。
「まぁ、びっくりは、しましたけど」
「……何に?」
 列になって、ぞろぞろと階段を降りてゆく。背後では、ゲートが開いて新しい乗客が案内されてきたようだ。
「ドキドキするために、乗るんですもんね」
 きゅっと、キースはつないだ手に力を込めてくる。
 イワンは笑って、手を揺らした。自分のものより少し体温の高い手ごと、ゆっくりと。

  ■ E N D ■

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Posted on 2012/09/05 Wed. 23:59 [edit]

category: SS(空折)

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