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空/折 「よる、あそぶ。」 :前 

空と折が夜遊びする(クラブに行く)だけの話。
なのに異様に長くなって自分でもびっくり。
ブログで見にくいかなぁ、と半分に分けてみました。

後篇はこちら。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


よる、あそぶ。 <前>



「おおおお落ち着かないでござる……」
「先輩、『ござる』はやめてください」
「し、失礼いたしたっ」
「あー…『ござる』がダメっていうか忍者口調を我慢してほしいんですが」
「す、すいませんっ。お、おでこがスースーして……へ、変なテンションに……」
 何が何やらよくわからない理屈には突っ込まず、バーナビーは微笑んだ。
「でもお似合いですよ。その髪型と服装なら未成年に見えないし」
「はっ、かたじけないっ……あ、違った」
 ありがとうございます、と言い直してきゅっと縮こまるイワンは、いつもとはかなり違って見えた。
 時間は23時を少し回っている。二人はタクシーのバックシートに並んで揺られていた。
 おでこがスースーする髪型といったって、切りたくないというイワンにうなずいた美容師が軽く横に流しただけだが、随分とすっきりして見えた。
 それに、何といってもイワンの、すまし顔をしていればバーナビーよりも整っているかもしれない顔立ちをはっきりと押し出しているのだ。その上、元来の内気さ、陰のある雰囲気が洗練されてミステリアスさに転化されたようでもあった。
 もしイワンが胸を張って周囲に微笑を投げかけでもしたら、バーナビーよりも人目を引くだろう。


 話は半日前にさかのぼる。
 イベントの控室の手前で、バーナビーはイワンに呼び止められた。アカデミーの先輩は後輩に申し訳なさそうにこう尋ねた。
「クラブって…どんな服で行くものなんですか?」
 はぁ、とバーナビーはイワンを見つめ返す。
「それは、プライベートで行くんですよね?」
「も、勿論です。テレビの企画とかではないです」
 イワンは音楽も様々なジャンルを聴くタイプらしかったが、クラブというのと普段の人見知りで引きこもりがちなイワンとのイメージの相違に思わず出てしまった質問だった。
「失礼しました」
 バーナビーは素直に詫びると、動きやすくて、店内は暑いから脱ぎ着しやすいものであること。また、酒がかかったりタバコで焦がされてもいいような、あまり高価でない服がいいだろうと教えてやった。
 頭の中でメモをとっているような表情でイワンはうなずいていた。
「どうしてまた、急に? 誰かに誘われたんですか?」
「いえ。あの、最近好きになったグループが来るらしいんで、思い切って行ってみようかと。映画に曲が使われてたんです。それで知って」
 イワンが挙げた映画のタイトルに、バーナビーもうなずいた。
「ああ、あれですか。僕も久しぶりに試写会じゃなくて観た映画です。良かったですよね、あの映画」
 好みが共通していることに気づいた気安さで二人は笑みを交わし合う。
「そういうことならチケット買っておいたほうがいいですよ。人気のグループやDJが来る日なんて門前払い喰わされたりしますから」
「あ、それは大丈夫です。もう買ったんです」
 さっきコンビニで発券してきました、とイワンは嬉しそうにチケットを取り出して広げた。
 そこに通りがかったキースが「やあ!」と後輩二人に明るく挨拶をする。
「おや、何のチケットだい?」
「ええと、あの、音楽の……」
 イワンは嬉しそうな顔はしているものの、緊張からかバーナビーに対するよりもたどたどしい口調になって言った。
「そうか。折紙くんは多趣味だね。ブログでの話題の広さにもいつも驚かされているよ。情報にも敏感で、私にはとても真似できないな」
「そ、そんな! めっそうもないです!」
 前に突き出したチケットの後ろに隠れるような素振りをしてから、ああでも…と言葉を継ぐ。
「僕はクラブって行ったことなくて、ですね……いま、バーナビーさんにどんな服装で行ったらいいか聞いてたんです。たぶん完全アウェーなんだろうな、っていまから緊張してしまって……」
 イワンの言葉の途中でキースはその太い眉を寄せはじめる。
「クラブ……クラブというのは……」
「音楽を聴かせるほうのクラブですよ。わかりますよね?」
 イワンは先ほどバーナビーにも聞かせた、ゲストアーティストについての説明を始めようとするが、それをキースは緊張した面持ちで遮った。
「お、折紙くん……私はきみの師として『楽しんでおいで』と笑って送り出すことはできそうにない」
「へ?」
 イワンはきょとんとした顔で小首を傾げた。
「きみは足を踏み入れたことがないんだね? こういう場所は、その…安全とは言えないんだよ」
 ははぁ、と何かに思い至った顔になってバーナビーが口を挟んだ。
「このクラブはナンパ箱じゃなくてれっきとした音楽箱だから平気ですよ。ちゃんとした音楽を聴かせるイベントをやっている場所です」
「ナ…ナンパ箱?!」
 目を白黒させるキースにバーナビーは鼻を鳴らす。
「言いませんか? ナンパ目的に行くようなクラブですよ。かかっている音楽が傾向もへったくれもないノンジャンルだったり、入場料が男性に比べて女性はかなり安かったりするところは出会い目的のお客さんばかりです」
「そんな言葉があるなんて……。やはり勧めがたい施設じゃないか」
「どうして行ったこともないのに、そんなに敵愾心を抱いているんですか」
「パトロールの最中に、クラブとやらでトラブルに巻き込まれたという若者を何人も見たんだよ。節度を持って楽しんでいる人もいるのだろうが、危険があることは否定できないだろう? アルコールを摂取して薄暗い場所で大音量の音楽の中で踊っていたら、普段と感覚も違ってくるし隙が生まれる。犯罪行為スレスレのことをせんがために来る輩だっているだろうし」
 やれやれ、といった感じでバーナビーが頭を振った。
「ヒーローが偏見を持っているとは頂けませんね」
「偏見ではないよ! 私はただ、心配して……」
 通りがかったカリーナが少し前から足を止めて三人のやりとりを眺めていたのだが、その彼女が唐突に笑いだし、男性陣の視線はそちらに集まった。
「あー、いるいる、こういうヒト」
「こういう?」
 イワンが訊き返す。だが、カリーナが人さし指を向けた相手はキースだった。
「最近、友達にカレシできたんだけど、すっごい束縛するんだよね」
「かっ…か…っ……!」
 奇妙な鳥が鳴いているような声を発して、イワンは床に向けた視線をさらにウロウロとさ迷わせているし、キースはジーンズといわずジャケットといわず手をあちこちのポケットに入れたり出したりしていた。それを見ているバーナビーは段々と落ち着かなくなってくる。
 キースとイワンが最近親密だとは感じていたが、この話題を振られて今まさに目の前でこれほどまでに狼狽えられたら怪しいと確信するしかない。
「……ところで先輩、そのチケット見せていただけませんか?」
 助け舟を出したというよりも、芯から気になったのでバーナビーは話に割って入った。
 イワンの差し出したチケットをじっくり眺め、「やっぱり」とつぶやく。
「先輩、ここを読んでください」
「え? ええと…『ご入場の際は年齢を確認できる写真つきの身分証をお持ちください。未成年者は入場できません。』……えっ!」
「えー、何それ、チケット買ったのに折紙は入れないの?!」
「コンビニの発券機は詳しく説明なんてしてくれませんから。先輩はまだ未成年ですよね」
 ショックを受けたというよりまだ何が何だかわからないという顔でイワンはバーナビーを見上げる。
「やっぱり。ここはちゃんとした音楽を聴かせるクラブですから。IDチェックは厳しいんですよ」
「あたし、『ブルーローズ』として招待されて確かこのお店に入ったことがあるわよ? 主催者の人たちと入店して、VIP席から聴いてたんだけど」
「クラブ関係者の知り合いだとか、演奏するグループの友達であればIDチェックはないわけですね」
 バーナビーがまとめると、イワンは目に見えてしょんぼりした。
「ねぇ、誰か知り合いに一晩だけID貸してもらえば? アンタなら擬た……」
「――ローズくん」
 いいことを思いついた、という顔になったカリーナだったが、隣からキースに睨まれて口をつぐむ。
「NEXT能力をそんなことに使っちゃダメよね。はいはい」
 まだ諦めきれない雰囲気を漂わせるイワンの、その手の中からバーナビーはチケットを取り上げた。
「あ、の」
「じゃあこれは不要ですよね」
 微笑みを浮かべる後輩にイワンは渋い顔をした。
「バ、バーナビーさんが行く、んですか」
「ええ。僕と一緒に行きませんか? 先輩」
「……へ?」
「チケットに書いてある、このオーガナイザーと知り合いなんですよ。似たような業界にいますんで。連絡取れば、招待してもらえるか、悪くてもゲスト価格で入れると思います」
「ほ、本当ですか?!」
「先輩の話を聞いていたら、ちょっと聴きたくなってきました。あの映画、僕も好きなんですよ」
 キラキラと目を輝かせるイワンの肩をカリーナがはたく。
「よかったじゃない! 持つべきものは顔の広い後輩ね」
「待ちたまえ!」
 笑顔になる三人と対照的に眉を吊り上げたのはキースだ。
「未成年が行くべきではない場所だから、入口でIDを確認しているんだろう? そこにどうやっても入りこもうなんて、よくないことだ」
 バーナビーはニヤリと笑うと、イワンから取り上げたチケットをその鼻先に突き出した。
「……な、何だい?」
「だったらお目付け役としてあなたも行けばいい。このチケットで」
「「え?!」」
 額にお札ならぬチケットを貼られたキースと、その模様を見守っていたイワンが同時に驚きの声を発した。
「いいでしょう、折紙先輩? スカイハイさんにチケット一枚くらい奢ってあげても」
「う…え……い、いいですけど……」
 どうしてそうなった、という顔でイワンは、バーナビーとキースを交互に眺めた。
「まぁ我慢しなさいよ、折紙」
 カリーナは今からまとめに入ります、という口調で言う。
「本当なら音楽の好みの合う素敵な人とクラブデートしたいだろうけど。アンタにはそういう相手いないんだし、この後輩と先輩とで、今回はいいじゃん」
「クラブ…デート……」
 急に頬を赤くしながらイワンがそのフレーズを繰り返した。
「あーあ、いいなぁ。あたしも音楽の趣味が……あー、どうなんだろ……」
 何か嫌なことでも思い出したように遠い目をして、カリーナは男性陣から離れてゆく。
「デ…デート……」
 受け取ったチケットを曲げたり伸ばしたりしながら、傍らでキースもモジモジとつぶやいている。
 初々しいようなアホくさいような推定恋人どうしの照れっぷりはスルーして、バーナビーは厳粛に告げた。
「ところで、先輩にお願いがあります」


 バーナビーが自分と一緒に入店るかわりに、とイワンに持ちかけたお願いはこうだ。
『僕の連れとして行くのであれば、それにふさわしい恰好になっていただきたいんです』
 バーナビーは唯一顔出しをしているヒーローだけあって、どこへ行くにも市民の視線に晒されている。
 すれ違いざまに撮影された動画や写真が、瞬時にウェブに投稿されることだって少なくはない。
 正体を明かしてヒーロー活動をするにあたって、バーナビーはトータルイメージの契約をしていた。
 どこへ行ってはいけない、どういう相手と歩いてはいけない、とまでは細かく決まっているわけではないが、イメージを崩さないように振る舞っているつもりだ。これは、本人のこだわりも大きかった。
 趣味のよさそうなクラブに、気鋭のグループが参加するイベントだ。隣を歩く相手もそれなりの恰好をしてもらいたくなったのだ。
 というわけで、それなりのスタイリストに頼んでそれなりのものを着せてそれなりの髪型にしてもらったところ、イワンはとっておきの美青年になってしまったわけだ。
「先輩はそうしていると、僕のほうがおマケみたいですよ」
「めめめめっそうもないっ……!」
 しかし、すぐにうつむいて背を丸めてしまうのと、突っつくと取り乱してしまうのはスタイリストでは直しようがない。
「髪型だけじゃなくて……あの、服も…何ていうか」
「気に入りませんでしたか? 普段とあまり変わらないものを選んでくれたようでしたけれど」
 バーナビーは首をひねる。
「気に入らない、とかじゃなくて、ええと」
 イワンは自分の服装を見下ろした。トレッキングシューズだけが差し色で、あとはモノトーンで統一されている。タイトなシルエットのカットソーの上に羽織ったカーディガンは、丈は短めだが肩のところについたボタンを留めると前がドレープになるデザインで、サルエルパンツとあいまって力みを感じさせない。手首に巻いたシルバーのアクセサリーも含めてどことなく遊びなれた雰囲気を漂わせているのだ。中の人さえ普通にしていれば、だが。
「先輩にはライダーズジャケットとカラースキニーのほうが似合っていましたけど。いまの服装も、なるほどと思う見立てです」
「あれは…! あっちはちょっとムリです、ほんとに」
 最初に提案された特徴的なライダーズに鮮やかなスキニーデニムの取り合わせは、イワンの整った顔立ちとの相乗効果でアイドルのステージ衣装のようになってしまったのだ。
「この…サルエルですっけ、なんかモソモソして」
「穿いていて楽じゃありませんか? いつものカーゴパンツとシルエットはそう変わらないと思いますけど」
「そうですかね……あの、写真送ってましたよね? 何か言われました? 変…だとか」
「いいえ。返信は『ありがとう、OKよ』 『ステキ』だけでしたよ」
 イワンが言っているのは、せがまれてバーナビーがネイサンに自分の写真を送信してしまったことだ。
 バーナビーが知り合いのスタイリストにイワンを見立ててもらう、と耳にしたカリーナとネイサンから、変身した画像を送れと催促されていたのは当のイワンのほうだった。しかし二人から何度かメールを送られても無視し続けていたら、ネイサンは矛先を変えてバーナビーに同様のメールを送ってしまったのだ。後輩はというと、あっさりとそのリクエストに応えて、半ば自慢げに夜遊びバージョンのイワンの写真を添付してメールを返信していた。
「背が低いのにこんなの穿いて変だとか……」
「書いてませんでしたよ。それに、これはまだ股上が浅いほうですし」
「ああ……用意された中にすごいのいっぱいありましたよね。股上が深い…というか地面につきそうなのとか」
 膝から下はキュッと窄まったデザインなので、身長がさほど高くなくても脚の長い、特に膝下が長ければ短足に見えはしないのだが、イワンは笑われているのではないかと気にしているようだった。
「ただ、いつもより歩幅が短くなってますから、踊るときは気をつけてください」
「お、踊らないです! あ、でも…気をつけますね」
 腿の辺りの布地をつまみあげたりしているイワンにバーナビーは続けて質問する。
「ところで、いつごろからおつきあいされてるんですか?」
「はん、…んぐ」
 自分の口から飛び出した言葉が信じられないとでもいうように、イワンは単語の途中で息を詰まらせて目を白黒させている。
「なっ…何を……な、な、えええ?!」
 質問した側はそれを聞きながら、半年ということはないだろうから半月くらいなのか、と分析していた。
「違うんですか? 夜遊びに行くのをあんなに心配されていたから、僕はてっきり」
 いかにも当たり前のことのように受け流され、イワンのほうも毒気を抜かれたみたいに瞬きをしてみせる。
「……心配して、くれてるのは……僕が頼りないっていうか、危なっかしいっていうか、全然子供だから、で」
「そうでしょうか」
 もし本当にキースがイワンを子供扱いしているなら、昼間だって頭ごなしに叱るような態度に出るはずだと思うが、バーナビーは反論せずにいた。
「つ、つきあって…なんて、だって、まだ何…も……ゲホッゲホッ」
 うっかり口を滑らせそうになって、イワンは大きな咳払いで誤魔化した。
「それに、パトロールで疲れてるのに…合流してもらうことになって……申し訳なくて」
 これが普通の人間であれば、いくら何でもウザいと言いかねないのだが、イワンはそう受け取らないらしい。
「あんまり、普段から音楽聴くような人でもないのに、退屈じゃないかな、とか」
 そんな心配する必要ありませんよ、と言ってやろうかと思ったが、すぐにバーナビーは考え直した。
 いくら説得しようが、たとえキース本人が『そんなことはない』と熱弁を振るおうとも、イワンが『そうか、それならよかった』と言うような人間ではないことくらい分かっている。
 バーナビーは携帯電話を取り出して、世間話のような調子で会話する。
「今回のイベントなら大丈夫じゃないですか? ヒップホップとかレゲエならどうか分かりませんが」
「……そっちだと、僕も聴かないですけど」
「お目当てのステージは0時過ぎのようですから、パトロールを二周してきても間に合いますね」
 メール機能を呼び出し、短い文を打ち込むとすぐに携帯電話を仕舞う。
「そろそろ着くと連絡しました。たぶん、セキュリティも僕の顔は知っているでしょうけど」
「すいません」
 会釈するイワン越しに、サイドウィンドゥの向こうにはぶらぶらとしている人の姿が目につくようになった。
 タクシーが速度を落とす。ここは繁華街のど真ん中というわけではない。というより、中心部からは少し離れたエリアだ。その特別何もない道路沿いに若者たちが増えていく。誰もが昼間の街中で見かけるよりは少し気の張った恰好で、どこか浮かれて見える。
 運転手に適当なところで停めるように頼み、タクシーから降りた。
 携帯電話を覗き込んでいた二人連れの女の子が、自分たちのすぐそばに突然現れた有名人を見つけて、お互いをつつきあった。その様子が視界に入っているだろうに、バーナビーは彼女たちに視線をなげることもなく先へ進む。無論、イワンもそれを追った。
 コンクリート打ちっぱなしの、倉庫にしては洒落た建物の周囲に人の列ができていた。その脇を二人は進んでいく。
 携帯電話を向けられてもバーナビーはそちらを向くこともなく、一度はフラッシュも光ったようでイワンのほうが首をすくめてしまった。
 行列の先には、そこだけシアターのような豪奢なドアがあり、その手前には特殊部隊から借り出してきたようなルックスの男が二人並んでいた。
「僕らより強そうですね」
 バーナビーが耳打ちをしてきて、イワンは思わず吹き出してしまった。
 このエリアで最強そうな男の片割れがバーナビーを見つけると小さく顎を引く。彼がインカムに何か告げている間に、もう一人がドアを開けてくれて、二人は無事に店内に入ることができた。
 ドアをくぐるとエントランスになっていた。小さな受付ブースがあり、外のセキュリティから聞いていたのだろう、スタッフらしき男が二人に手の甲を差し出すようにと合図する。慣れた手つきで客の手の甲にスタンプを押すと、そのまま手を取ってスタンドの下へ引いてゆく。ブラックライトの中で二人の手に店のロゴがホワイトブルーに浮かび上がったのを確認すると、奥の扉を指し示した。
 何かを思い出したようにバーナビーは顔を上げるとスタッフに声をかけた。
「ありがとう。もう一人チケットを持っている友人が来るんです。彼を並ばないで入れてやってほしいんですが」
「かしこまりました。お友達のお名前を伺えますか?」
「助かります」
 キース・グッドマン、と本名を教えてやる。スペルを確認しあう二人を眺めながら、イワンはこの従業員はきっと明日の今頃そんな名前を忘れてしまうんだろうな、と思った。それがスカイハイの正体だとも知らずに。そう考えると少しおかしくなった。
 外のセキュリティに連絡を取り始めた男の前にチップを滑らせてから、エントランスを奥へと進む。
「という内容のメールを打ってあげてもらえますか?」
「あっ、はい」
 エントランスの脇に小さな入口があり、中にはコインロッカーが並んでいた。イワンはロッカーに凭れてメールを打つ。バーナビーも着信メールをチェックしていた。二人の後から案内されてきた一般客が早足でフロアに向かっていくようだった。
 奥の防音扉が開けられたらしい。ボリュームだけでなく質感の違う音が流れ込んできて、メールを終えて携帯電話をしまおうとしていたイワンに動きを止めさせた。
 イワンの戸惑いに気づかない様子で、バーナビーはエントランスを進むと奥の扉に手をかける。
 腕力のあるヒーローが押しても防音の扉は重たげに動いた。足を踏み入れて気づいたことは、ドア一枚隔てた部屋はエントランスとは空気が違う。
 薄暗いフロアはざわめきに満ちていた。話し声、笑いあう声、足音。なぜかイワンの耳はそれらの雑音を認識したあとで、たゆたっている音楽を聞きとった。
 フロアを分断するようにU字を引き延ばしたようなバーカウンター。その脇の小さなDJブースの中で痩せた男が黙々と音楽をかけているのがぼんやりと見える。工芸品でも作っているようにDJブースの中を左右に動き回る男の口元で、煙草の小さな赤い光がチラチラと動く。視界はそこかしこで発生して消えていく煙草の煙でフィルターがかけられているようだ。
 壁のスクリーンには何かの映画を繋ぎ合わせたらしい映像が数秒ごとに切り替わる。床にも天井の照明から映し出された店のロゴが、音楽と同調しているのかリズムに乗って変形していく。
 誰一人、動きを止めている人間はいない。次から次へと酒を出すバーテンダーたちも、人待ち顔の着飾った女性たちも、グラスや瓶を手に喋っている人も、フロアに流れる音楽に動かされるように揺れている。
 二人がフロアに入ってくると、一瞬目を向ける人もいたが、あとは思い思いの行動に戻っていった。外よりもヒーローであるバーナビーを気にする人はいないらしい。
 バーナビーが肘のあたりをつかんできて、イワンは慌てて顔をそちらに向ける。
「ここはラウンジフロアで、ステージは地下一階のメインフロアです」
 後輩の声はいつもと違って聞こえた。それもそのはずで、バーナビーはかなりボリュームを上げて喋っているのだ。そうでないと、フロアに満ちる音楽とざわめきに負けてしまう。
「先輩、どうしますか? 僕はとりあえず一度、挨拶をしてきますが」
「あー…そうですね……」
 イワンが考え考え言葉を紡ぐと、バーナビーが眉を寄せて顔を近づけてきた。普段でも声の大きくないイワンの声は完全にかき消されているらしかった。
 困ったな、と思うと同時にイワンは顔をしかめてしまう。バーナビーはその表情を、怒鳴らなくては話せないという物理的な事実に対してだとは考えていないようだ。
「このクラブのオーナーとか、イベントのオーガナイザーですけど。会っても面倒ですよね?」
 ええと、と言いかけたイワンのポケットで携帯電話が震えた。メールだ。
 携帯電話の画面は、薄暗いラウンジの中で色味の違う明かりだ。バーナビーもイワンの携帯電話を覗き込む。受信したメールはキースからで、あと二・三十分で到着するという内容だった。
「あの! ここで待ちます! キ、キースさんが来るのを!」
 電話をしまいながら告げる。
「入口、あそこだけですよね?! だったら、この辺りにいます!」
「わかりました。この辺りにいるなら、少しは踊っていたほうがいいですよ」
「え?! 浮くから、ですか?」
 何か言おうとして、バーナビーは肩をそびやかすとまぁいいかという顔つきになった。
 じゃあ、と軽く手を振りながら地下一階に降りる階段へと向かっていく。その後ろ姿が人波に紛れるのを見送りながら、彼はここに半分仕事で来ているのだと思い至った。
 そして、もう半分はつきあいだ。先輩とは呼んでくれるがまったく頼りにならない<折紙先輩>との。
 今日のステージを少しは楽しんでくれればいいのだけれど、とイワンは思った。
 ラウンジの端には背の高い丸テーブルと、同じく脚の長いスツールが置かれていた。座っていようかと思ったが、そこに腰を下ろしているのは大抵が二、三人連れで既に親しげに話し込んでいる。
 壁に寄れないとなると、イワンの足はフロアの真ん中に位置するバーカウンターに向いた。慣れない場所での緊張感と、さほど煙いわけではないのだが紫煙がたちこめているのを見てしまうと急に喉が渇いたように感じられた。
 列というほどではない列に紛れてバーテンダーの前まで近づいてゆく。カウンターの上に立てられたメニューを眺めていると、視界に何かが入り込んできた。
「はい、乾杯!」
 イワンの目の前に差し出されたのは濃い緑色の瓶だ。見知らぬ女の子が笑顔で両手にビールを掲げている。
 誰かと間違えているんだろうと無反応でいると、彼女はイワンの手を取って瓶を握らせてきた。
「あの、僕は」
「乾杯!」
 その女の子に向かって口を開こうとする間に、今度はまた別の女の子が反対側からイワンの持っている瓶にグラスを当ててきた。彼女のグラスの中身はカクテルらしい。オレンジジュースで割られているのだろう、濃い橙色の液体が揺れる。
「え? あの」
「飲んで飲んで!」
 最初の女の子はそう言いながら自分の分の瓶を呷る。もう一人もにこにことグラスを傾けていた。
 イワンは二人を交互に見てから自分も渡された瓶に口をつけた。
 炭酸飲料を飲むのは久しぶりで咽そうになる。イワンが瓶から唇を外すと、最初の女の子が「それ」と足元を指差した。
「その色いいね、限定でしょ!」
 彼女が言うのはイワンの履いている鮮やかな色のトレッキングシューズのことらしい。
 スタイリストが出してきた靴でまったく詳しくないと言うわけにもいかず、イワンは小さく顎を引く。
「ここ、よく来るの?」
 もう一人の女の子が今度はそう訊いてきた。イワンは首を振る。クラブ自体がはじめてだと教えるのは気恥ずかしいせいもあったが、声を張らないと通じないので億劫なのだ。
「あたしたちもたまに。だよね」
「――の主催はハズレがないから来たんだよね」
 いま言われた名前には聞き覚えがあった。今頃、バーナビーが挨拶に向かったはずのオーガナイザーのことらしい。ああそうか、という顔になったイワンがうなずくと「でしょう?」と二人がうなずいてくる。
 いつの間にか三人でカウンターの端に肘を置いて額をつきあわせるようになっていた。
 先ほどバーナビーが去り際に言わんとしたことは、フロアの端で踊らずに座っていたり、バーカウンターで一人でぼんやりしているのはナンパ待ちのサインと取られたり、声をかけやすい相手だと認識されてしまうと伝えようとしていたのだ。つまり、さっきのイワンがまさにそうだ。
 場馴れした女の子たちが、見かけたことのない、しかも服のセンスもいい美青年に声をかけたがるのは当然だった。
 彼女たちはどうやら大学生で、一人は芸術史をもう一人は建築を学んでいるらしい。どうやら、とからしい、がつくのは会話が時々聞き取れなくなるせいだった。
「この街の人?」
 イワンはうなずく。うなずいてから小首を傾げてしまう。
 自分は、この街の人間なのだろうか。
 NEXT能力をもって街を守る<ヒーロー>が存在するのは、世界中でこのシュテルンビルトだけだ。だとしたら、ヒーローであるイワンは、この街の人であり、街の象徴と言っても過言ではない。
 そのはずなのに、ヒーローアカデミーに入学するために訪れた日から何年も経っても、いまだに自分の街という気はしなかった。
 道も覚えた。気に入っている場所もいくつもある。少ないとはいえ、友人も……その上、恋人もいる。予想すらしていなかった相手と恋に落ちた。恋をしている。この街で。
 それでも、この街の人かと問われると素直にうなずけないところがある。
 わかるわかる、とシュテルンビルトで生まれ育ったという女の子がカウンターを平手で叩いた。
「なんか、ちょっと恥ずかしいんだよね」
 ビールを呷る合間に照れたように笑う。
「恰好よすぎるっていうかさ」
「オモチャっぽいよ、空から見ると」
 グラスの縁を口紅だらけにした女の子も笑う。
「あたし、実家から飛行機で戻ってくるといつも思う。キレイすぎてオモチャっぽいよ、ここ」
「でも割といいとこだよね」
「楽しいこといっぱいあるしね、便利だしね。あと、ヒーローもいるし!」
 女の子二人は何が面白いのか声をあげて笑った。
「ねえ、ヒーロー誰が好き?」
 っていうかヒーロー好き? と重ねて訊いてくる。すると、もう一人の生粋のシュテルンビルト市民が「当たり前じゃん」と言い返して、イワンは笑ってしまった。
 ちょっと迷ってから、イワンはスカイハイと答える。
「え、誰? 誰?」
 カウンターの端にビールを置いて、イワンは特徴的な敬礼のポーズを真似てみせた。
 ああ! と明るい顔になった二人の女の子も同じゼスチャーをする。
「一緒、一緒! 乾杯!」
 ほぼ空になった二つの瓶と一つのグラスがつきあわされる。
 酒を飲み干すと、意味の分からない笑いがこみあげてきて、三人でまた笑ってしまった。バーのカウンターでスカイハイのポーズを真似るなんて申し訳ないような気もするけれど、何故だか今はおかしくて仕方がなかった。
 そのとき、イワンの肩にポンと手が乗せられた。飛び上がらんばかりに驚いてしまう。まさか、と血の気が引く。誰を探すためにここに陣取っていたのだったか。それなのに、見知らぬ人とどうでもいい話をしているうちに当初の目的が霞んでしまっていたのだ。
 反射的に振り向くと、そこにはスラリとした女性が立っていた。大人の女性だ。こういう知り合いはいない。彼女は微笑むと、入口のドアを真っ直ぐ指差した。
「探してたよ」
「え?」
 イワンは聞き返すが、彼女はひらひらと手を振ると人波を縫って行ってしまう。
 女子大生たちへの伝言かとも思ったが、イワンが二人を見ると彼女たちは何やらキャアキャアとはしゃいでいた。どうやら今去っていった女性について言い合っているらしい。イワンが知らないだけで有名人なのかもしれない。
 女性の指差した方向を眺める。
 扉が開いて、また一組、もう一組とお客が増えてゆく。
 その中の一人と目があった。その人物は少し目を見開くと、すぐにその目をキュッと細めて片手をあげた。
 肘を直角に曲げて、大きな手を顔の横で軽く振る。どこかで見たことのある動作だ。
「え、っ」
 イワンのその小さな声が合図になったかのように、彼は素早くこちらへ向かってきた。
 人混みをかきわけるでもない。さっきの女性のようにすいすいと泳ぐような動きでもない。なぜだか、そこに大勢の人間などいないようにずんずんと進んでくるのだ。
 さほど背が高いわけでもないが、濃い色の金髪が薄暗いフロアを横切ってくるのをイワンは目で追った。
「やあ!」
 彼はイワンの前まで来ると笑顔で言った。
 日付が変わる時刻なのに、挨拶は朝の日差しのようだった。
 いつもと同じように。


後篇へ、つづく。

後篇はこちら)
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Posted on 2012/06/05 Tue. 23:17 [edit]

category: SS(空折)

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