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05/04新刊その1(完売) 

※ この同人誌は完売しました
pin01

『 pinzoro 』 全年齢向 空/折 novel
オフセ A5 60p 600yen 発行2012/05/04

キースはヒーロー・スカイハイですが、イワンはワケありの学生…というパラレル小説です。
元ヒーローで現捜査官ジェイクとその恋人のクリームはご存命でお節介焼きだったり。
兎とか虎とか炎とか牛はまぁまぁ原作準拠で出張ってます。
表紙はハードボイルドに見えなくもないですが、内容は趣味に走った、つきあう前から同居してみたり…という甘いというかムズ痒い系なラブコメ風味です。

「続きを読む」には、1章と2章の途中までをUPしてみました。

いま、机の上に新刊を二冊並べられるよう鋭意努力中です~。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 1 ・


「おい、このガキ預かれ!」
 ポセイドンライン本社の地下駐車場に響いた声には心当たりがあった。
 自分が呼びかけられているとすぐに気づいて、キースは振り向いた。登録された停車位置に向かおうとしていた足を止めて、声のする方へ向かう。
「……ジェイク」
 この、元ヒーローにして今でも現役の司法局の特別捜査官は、時折フラリとキースの目の前に現れるのだ。どうやら他のヒーローたちに対しても同じように突如として目の前に現れては、厄介事を押しつけたり、犯罪に関する重要情報を囁いてきたりしてくるのだそうだ。
片足が義足になったせいでヒーローは引退したものの、どうやってか知らないが、彼らの居場所やスケジュール、懸念事項まで把握しているということだ。この男が味方でよかった、とキースなどは思い出しては胸を撫で下ろしている。
 おぅ、とジェイクは一度手を挙げて見せてから、黒いSUVの開け放ったドアの奥へ「降りろ」と怒鳴る。
 最初に目に飛び込んできたのはプラチナのようなきれいな色の髪だった。着ているのは紫色のジャンバーとカーキ色のカーゴパンツ、茶色のワークブーツ。どれも華奢な体型を隠すかのようにオーバーサイズだ。わずかに覗く首筋はほっそりしている。まだ十代の少年だろうか。
 わざとノロノロと降りてきたのか、ふて腐れたように俯いている。長めの髪が表情を隠していたが、一瞬顔を上げると、キースを伺うようにチラリと視線を投げてきた。
 小さな顔の中にアンバランスなほど大きな瞳が見えた。視線が絡まったと思った瞬間、彼は慌てたように顔を下げてしまう。
 聞けよキース、とヒーロー業の先輩は大きく広げた手の片方で少年の肩をバシン、と叩いた。
「こいつはなぁ! オレのオンナを眺めてエロいことばっかり考えてたんだぞ! 危なくて置いとけるか」
 ジェイクの言う『オンナ』というのはブロンズ・ステージの裏通りで、よく言えば雰囲気のある…悪く言えばアヤしげなインテリアと雑貨の店を営んでいる女性だった。
 どうやら彼女が子供の頃に犯罪に手を染めてしまったのをジェイクが補導し、更正に手を貸したらしい。彼女は表向きは商いをしながら、その実、裏町の情報を売り買いして恩人兼・恋人の仕事に一役買っているらしい。
 嘘だ、とその少年がつぶやいた。
 俯いて小さな声をこぼしただけだったが、聞き咎めたジェイクがその胸倉をつかむ。少年は一瞬にして宙ぶらりんにさせられた。
「ジェイク!」
 キースが割って入ろうとするが、ジェイクは目で制した。確かに力加減はしているらしい。
「僕の考え読んだんでしょう! じゃあ、嘘…つ、つくなよ!」
 少年は裏返った声で叫んでいる。精一杯の抵抗という感じだ。
「んだとぉ?! じゃあ、あん時何考えてたんだ、言ってみろ」
「あの人、幾つなのかな、とか…ほんとにアンタの恋人なのかな、とか…そういう……」
「いいケツしてるけど何歳なのか、だろ? ほんとにアイツとヤッてんのか、だろうが」
「思ってない! 勝手に増やすなよ!」
「後ろからケツ見ながら考えてりゃ、そういうことなんだよこの色ボケのクソガキが!」
「恋人に『ジェイク様』って呼ばせてるなんて変じゃないか!」
「うるせぇ、オレらの自由だろ!」
 ジェイクは放り捨てるように少年を下ろした。よろける彼を後ろからキースが支えた。
 少年の肩がぴくりと震えて、キースの手を振り払うように半歩、斜め前に出る。
「奥さんが怒ったのかい?」
 キースが尋ねた。ジェイクは大袈裟に頭を振る。
「なに聞いてんだ、ボケ! 怒ってんのはこのオレ様だよ! うちのよく出来たハニーは『十代の男の子なんて、どの子もそんなものですわ』って鼻で笑ってたぜ」
 考えてみれば、彼女自身カタギとは言い難い立場だし、荒くれどもの扱いにも慣れていよう。少年一人が色目を使ったくらいで驚くまい。
「……ってことで、お前んとこでコイツ預かれよ。二、三日でいいし、夜だけでいいから。犬小屋の横にでも寝かせとけ」
「我が家に犬小屋はないよ。ジョンならリビングが定位置でね。ところで、昼間はまた奥さんの店で働かせるのかい?」
「今、人手が足りねーんだとさ。コイツは外国語も達者だし頭も回るから、ウチのが重宝してるみたいでよ」
 さっき、その彼女をいやらしい目で見ていると怒っていなかったか。
 キースが不思議そうな顔をしたのに気づいたのか、ジェイクは「ほれ、ウチのもNEXTだろうが」と言った。
「こーんなしょぼい能力のガキより百倍強いわ」
「ああ、そういえばそうだったね」
 ジェイクが、その女性が起こした犯罪絡みで知り合ったとなれば、現在は恋人になったその女性も能力者ということだ。
「そうか、この子も」
 キースがつぶやくと、少年がまた顔を上げてチラリとこちらを見る。鋭い視線だが、キースは目つきよりもその瞳自体に目を奪われた。アーモンド形の眦、それを縁取る長い睫毛、そしてその中央に収まった紫色の瞳。磨かれたアメジストのような透明感のある色合いだ。
 キースがまじまじと見下ろしているからか、少年はバツが悪そうにまた俯いた。
「おい坊主、宿賃代わりにこいつの愚痴でも聞いてやれよ」
「え? 愚痴るようなことはないよ」
 キースがきょとんとして言うと、ジェイクは鼻を鳴らした。
「気取ってんじゃねーよ。あの下らない失恋話があるじゃねーか。知り合い全員に二回か三回ずつは語ったろうが」
「下らないとは何だい」
 キースは少々ムッとした声を出した。すると、少年が驚いたような困ったような顔をして振り向いてくる。
「下らねーだろ。おいイワン、聞けよ。このバカはロボットに惚れて、当たり前だが失恋しやがったんだぞ」
「え……」
 少年がポカンとした顔になるのが見える。キースは慌てて言葉を継ぐ。ああこの子はイワンというのか、と思いながら。
「オチを最初に言わないでくれないか。彼女はこの本社ビルのロビーで受付係をしているんだ。人間の女性とペアでね。一見しただけでは人間に見えたんだよ」
なぜだか、この子に蔑みの視線を向けられたくはなかった。初対面の子供に対してなぜそう感じたのかはよくわからない。
 ただ、このきれいな瞳が嫌悪感で曇るのを見たらきっと嫌だろうと思った。そして、それが自分に向けられるのなんてご免だ、と。
 事情を飲み込めないらしく、イワン少年は曖昧にうなずいている。
「あっそ。で、失恋の痛手はもうキレイさっぱり消えたのかよ」
「どうなんだろう……事情を知っても、まだロビーを通るときは明るい気分というわけにはいかないかな」
「しょーもねぇーなー、おい! 坊主、荷物下ろせよ。今晩はこいつの愚痴聞いてやれ、な?」
 はぁ…と言いながら、イワンはキースを眺めている。ジェイクも同じように自分を眺めていることに気づいて、キースは二人が自分の返事を待っているのだと気がついた。このイワンという少年を泊めてくれるのか、と。
 そういえば、とキースは考える。イワンという名のこの少年を泊めてやれ、と言われてキースは拒否する気持ちは湧いて来なかったのではないか。
「あ、ああ、構わないよ。ただ、うちにはジョンがいてね」
「……ジョン?」
 イワンが尋ねてきた。はじめて自分に対して口を聞いてくれたな、とキースは思う。
「そう。ジョン。ゴールデン・レトリバーなんだ。つまり大型犬でね。ああ、大人しくて賢い子なんだけれど、君、大きな犬は平気かな」
「ええと、たぶん」
 そう答えたイワンをキースはにこにこと眺めている。イワンは落ち着かなげにしていたが、思い出したようにジェイクのSUVに上半身を突っ込んで荷物を引っ張り出した。
 その隙にジェイクがキースを肘でつついてくる。
「おい、肝心なことを忘れんなよ」
「肝心な、こと?」
「お前は、ポセイドン・ラインに勤めてる、単なる鉄道マンだぞ」
 キースは眦を大きくする。
「……言って、ないのか」
 そうだ。今の会話の中でもキースがヒーローだなどとジェイクは語っていない。その説明をしなくてもいいように、このポセイドンラインの本社にイワンを送ってきたのだろう。
「いいか。お前はただの親切なキースおじさんだ」
「おじさんは酷いな」
「親切で可哀想なキースおじさんだよ、おめーはよ」
 気がつくとイワンは部活動でもする学生が下げているようなドラム型のバッグを下げていた。荷物といってもこれ一つらしい。
「ああ、じゃあ、私の車はこっちだ」
「……よろしく…お願いします」
 ジェイクにはふて腐れた言葉づかいをしていたが、それはあらぬ疑いをかけられたせいだったのか。イワンは小声ではあったが、まず挨拶をしてくれた。
「ああ、よろしく」
 半歩先を行くキースが声をかけると、イワンはまた爪先に視線を向けてしまう。どうしていいかわからないのかもしれない。
「じゃあな! メシくらい食わせてもらえよ!」
 ジェイクは放り投げるようにそう言って、自分のSUVに飛び乗った。手荒くドアを閉め、アクセルを吹かして出て行ったのを見送る。
 キースの車を見ると、イワンは少し表情を緩めた。
「いい車ですね」と微笑まれて、キースは嬉しくなる。
「ああ、でも、後部座席は犬の毛がついているかもしれないな」
「カバンのことですか。別に気にしませんけど」
 イワンは少年らしい雑な動作でバックシートに荷物を放り込んだ。
「私はキース・グッドマンだ。キースでいいよ」
 キースが右手を差し出すと、イワンはおずおずと握り返してきた。
「イワンです。イワン・カレリンです…お世話になります」
 後ろのドアを閉めて、助手席のドアを開けてやる。
「あの人が捜査官だって知ってますよね」
 助手席に乗り込んで、シートベルトを留めながらイワンはぽつりと言った。
「ああ、知っているよ」
「……たぶん、なんか、犯罪組織の、情報についての裏取引みたいなのが、あるんだと思います。今日、これから」
「え?」
「……僕がバイトしてる、あの人の恋人の店で。急に決まったから、僕を遠くにやっておきたいんでしょう」
「なるほど、そうか」
 キースは唸った。イワンは、確かに随分と頭の回る子らしい。ジェイクの恋人が店の用件で重宝しているというのも理解できる。
それに、サバサバした調子で話しているところを見ると、疑いをかけられて腹を立てていたようなさっきまでの素振りも演技なのかもしれない。
キースは車を発進させた。
「ジェイクは、人の考えを読むんだけどね」
 今度はキースが話し出す。
「え…はい」
「ハッキリとした言葉になっていることしか読み取れないんだ。たとえば『今日何を食べようか』と考えていたら、それは筒抜けになる」
「ああ、はい」
「でもね。カレーだとかハンバーガーの映像を思い浮かべているだけでは読み取れないらしいんだ」
「そうなんですか……あ、あの、もしかして、お腹空いてますか?」
「うん? よくわかったね! 君もまるで読心術の使い手みたいだ!」
 キースは眦を大きくして素直に感心していた。
「……えーと、いや、何となく」
 キースの口から例として出てくる文からしてそうとしか思えないせいなのだが、大袈裟に感心されてしまってイワンは苦笑している。
 そうなんですか、と何やら納得していたらしいイワンだったが、何かに気づいたようにハッと顔を上げた。
「え、あの、僕、店長のこと変な目で見てたりしてませんから」
 キースは運転しながらだったため、チラリと横目を遣っただけだったが、イワンが名誉にかかわるとでもいうような顔つきだったのでクスッと笑ってしまう。
「顔に入れ墨した女の人が出てきて…びっくりしましたけど。すごくいい人で、店の地下に住まわせてくれて。お世話になったんです」
「わかってるよ。ジェイクだって、君を遠ざけるのにわざと腹を立てて見せただけだろうし」
「あ…やっぱり、そうなんですかね。それでも、いきなりコラテメェって怒鳴られたんで、けっこう怖かったですよ。まぁ、店長って年齢不詳だな、とは毎日思ってましたけど」
 そう口を滑らせてから、イワンは「あの人には言わないで下さいね」と付け加えた。キースも笑ってうなずく。
「そうだ。あの、ほんとに三日かそこらご厄介になるだけで済みますから」
「行くあてがあるのかい?」
「はい。アパートを探しました。工事が済んだら連絡をくれることになってます。店長が保証人になってくれて……来月から進学するんです。それまであの店でバイトして、少し貯金もできたし」
「進学か。おめでとう」
「あ…ありがとうございます」
 イワンは少し表情を緩めた。すぐに、わずかにだが曇らせる。
「店長の趣味なのか知らないんですけど、よくジャパニーズ・フード出してくれたんですよね。ああいうのはもう食べられなくなるなぁ…って」
「ジャパニーズ・フード?」
「ミソ・スープとか。ライスもサラダの具じゃなくて、メインっていうか」
「スシのことかな」
「スシってライスが冷たいんですよね? じゃなくて、茹でたてのポテトみたいに湯気が立ってるんです」
「ライスから?」
「はい、ライスから。焼いた魚にソイ・ソースかけたり。おいしいんですよ」
「へぇ……」
 キースは首をひねる。相槌は打ってみたものの、あまり想像がつかない。
「今日の夕飯はジャパニーズ・フードにしようか? 私はあまりそういった店を知らないんだけどね」
「僕も知らないです……っていうか、何でもいいです。ご厄介になるだけでも……」
 ジェイクが連れて来たのだから品行方正な青少年ではないのだろうと思ったのだが、イワンは随分礼儀正しいようだ。
 気にしないで欲しい、とキースはイワンの言を遮った。
「君の話が面白そうだからね。マネージャーに聞いてみるよ。彼らは何でも知っているんだ」
「え? マネージャー?」
「車を停めてしまおう。この時間なら、まだマネージャーもフロントにいるしね」
「フロント? ええと、あの」
 キースが車を建物の前で停めると、イワンは真上を見上げて目を剥いた。
「な、なんですか、ここ……ホテル?」
「いや、住居だよ。そして、君が三、四日泊まるところだ」
「はぁ?! あの、何階建てなんですか」
「43階建てだね。我が家はその43階」
「えええ?! よ、よんじゅ…」
「もしかして、高いところは苦手だった? それなら、部屋に着いたら窓のそばに近寄らないほうがいいね」
 駐車係が駆け寄ってくるので車を任せる。
「荷物はあとで部屋まで運んでもらえるかな」
 キースが言うと、イワンは目を剥いた。後部座席からドラム・バッグを引っ張り出す。
「じ、自分で持てます!」
「チップのことなら気にしないで。このビルの中ではチップは禁止というルールなんだ」
「そういうことじゃないです。平気ですから」
「そうかい? ええと、ミスター・グレイはまだロビーに?」
 肯定の返事が返ってきた。
「じゃあ行こうか」
 キースが先に立って歩くと、イワンはバッグを抱きしめて後に従う。
 大きな両開きのドアを、金モールのついた上着のドアマンが開ける。
「おかえりなさい。グッドマンさん」
「ああ、ただいま。彼はゲストだよ」
「そうですか。いらっしゃいませ。お荷物をお持ちしましょうか?」
「いえ、結構です!」
 イワンは飛び上がらんばかりに驚いているようだが、キースはあまり構うことなくフロントのカウンターへ歩いてゆく。
「おかえりなさい。グッドマンさん」
 カウンターの内側から、スーツ姿のにこやかな男性が会釈を寄越した。
「ただいま、ミスター・グレイ。彼はゲストなんだけれど、ジャパニーズ・フードに興味があるんだ。この辺りでそういったものは手に入るだろうか」
「お若いのにすてきなご趣味ですね。1ブロック先のホテルに日系のオーナーシェフのレストランがございます」
「ホテルのレストランか……ええと、なんだっけ? ミソ・スープに、茹で上がったポテトみたいに湯気のたっているライスとか、ソイ・ソースをかけた焼き魚とか…そういうメニューもあるのかな」
「ご家庭で召し上がるような料理ということでしょうか……食材店でしたら2ブロック先に一軒ございますね。もしくは、レストランにそういったメニューを出せるか、確かめてみましょうか」
「どうしようか。自分で調理できる?」
 イワンは首を左右に振った。
「そうか。じゃあレストランに――」
 言いかけたキースの腕をイワンがつかむ。
「そんな、いいです、僕は何でもいいです、ハンバーガーでもカレーでも」と涙目になって訴えた。
「そうかい? それなら、今日はジョンの散歩がてらテラスのついたカフェで食事でも構わないかな」
「はい…それで、いいです……」
「よし。荷物を置いて、ジョンを迎えに行くとしよう! ミスター・グレイ、お世話様!」
「楽しいお食事を。グッドマンさん」
 建物に足を踏み入れてから二分も経っていないのに疲労困憊してしまったイワンを連れて、キースはエレベーターに向かう。


 43階に到着したイワンが豪華な住まいに目を回しかけるのは、それから数分後の出来事だった。







  2 ・



 スカイハイことキースは、トレーニングジムに一歩足を踏み入れると同時に快活に挨拶をした。
「おはよう! ファイヤー君、バイソン君!」
 先輩でもある先客二人が振り向く。まだトレーニングは始めていなかったらしい。
 おぅ、と短く挨拶を返してロックバイソンことアントニオは片手を挙げた。
「何かいいことあったみたいね?」
 ファイヤーエンブレムことネイサンはよく手入れされた爪を披露するように、指先をひらひらと振った。
「そう見えるかい?」
「例の失恋の傷は癒えたってこと?」
「うーん、それはどうだろう」
 キースはふっと息をついて遠い目をした。
「まだ、本社のロビーを通るときは穏やかな気分というわけにいかないかな。顔が強張っているのが自分でもわかるしね」
 ヒーローとしても人生でも先輩の二人は、キースの『受付ロボットへの失恋』について本人の口から聞かされていた。
 ネイサンは、長い人生のうちそんなこともあるでしょ、と励ましてくれていたものの、アントニオのような古臭いタイプの男は、はじめから理解不能らしかった。人間としての優しさはあるので、指を差してバカめ、と言うわけにもいかず、どう対処していいかわからん、という態度だった。
「まぁ、一晩寝て起きて消え去る悩みなんて有り得ないものね」
 ネイサンは肩をすくめる。
「でも表情が明るく見えるもの、今日のアナタ」
 子供をあやすように声をかけてくるネイサンとは違って、かえってどう接したらいいか悩んだ挙句、ここのところあからさまにキースを避けていたアントニオも、ネイサンの背後でうなずいている。
「ああ、それは昨日、この話を聞いてくれた…子がいてね」
 聞いてくれた人、と言いかけてやめ、キースは『子』と言った。それをどう取ったものか、ネイサンが身を乗り出してくる。
「まだお前さん、あの話をして回ってるのかよ」
 アントニオは細かい言い回しよりも、キースが『ロボットへの失恋話』を話し回っていることのほうを重く受け取ったらしい。
「いいじゃない。口に出して話したほうが自分の中で物事が整理されていくんだってカウンセラーも言うわよ」
 ネイサンが助け舟を出す。アントニオは眉をしかめた。
「カウンセラーだと?」
「分析家の一人も抱えておくのが、現代人としての嗜みよ。それでぇ? 話を聞いてくれた『子』、何ですってぇ?」
 それが、とキースは頭を掻いた。照れくさそうに言う。
「私の話を聞いて、泣き出してしまって」
「泣き出した? 笑い泣きってことかよ」
「違うんだ。受付の…あの彼女にね、自分のことをわかってもらえなかった日に、きっとすごく寂しかったでしょうね、なんて言われてね」
「あらぁ、随分と感受性豊かな子ねぇ」
「そうなんだ。そんなことを言ってくれた人ははじめてだったから、驚いたよ」
 キースの今回の失恋エピソードに関しては、聞かされたほとんどの人間が呆れており、ごく一部の面倒見のいい人間だけが、気の毒だから慰めてやろうとした程度だ。
 キース自身、ロボットを人間の女性だと思い込んで思いを寄せてしまったことに関しては、どうしようもなかったと諦めているのだが、失恋に至った経緯が問題だった。しかし、それがどうも上手く伝えられなかった。
 先輩ヒーロー、ワイルドタイガーこと虎徹に至っては、そんな美人ロボットなら見てみたいとポセイドンライン本社のロビーまで足を伸ばしたのだが、一瞥して『向かって右が機械だよな』と一言告げただけだ。うちの娘のオモチャとさほど変わりないモノに惚れた腫れたもないだろうということらしかった。
「はぁ…あれだな、お前に似たような純粋な子なんだなぁ」
 アントニオがくすぐったそうな顔になる。
「だけど、そこは屋外でね、周りの人たちから怪訝そうな目を向けられて、肝を冷やしたよ。元はと言えば泣かせたのは私の話のせいだしね」
「ふぅーん。それで、どうしたの?」
 ネイサンが尋ねる。
 その泣き出した子にどう対処したのか、ともその後で二人はどうなったのか、とも取れる訊き方だった。
 キースはにっこりと笑って答えた。
「うちに連れて帰って、屋上のプールを見せたらさすがに泣き止んだよ!」
「……え」「……んまぁ」
 やたらと額に汗を浮かべはじめたアントニオと、やけにニヤニヤしはじめたネイサンを前に、キースは昨日の出来事に思いを馳せていた。


(以下、略)

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Posted on 2012/04/16 Mon. 04:03 [edit]

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