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春コミ新刊 「CRUSH QUEST」 

(入稿できたみたいなので、忘れないうちに記事を書きます ^^ )

HARU COMIC CITY19の新刊はこちら↓になります。

crush.jpg
即売会当日、表紙にはドット絵の二人がくっついているはず、です(>_<)

dot-e
(↑エクセルソフトで作ったドット絵。。。)

『CRUSH QUEST』(オフセ・44p)

いわゆる《異次元トリップ》モノです(苦笑)。
宇宙人が攻めてきた話(冬コミ刊)はやったし、次は何だろう、と。
じゃあ次はファンタジーじゃないか、と。RPG的な。
書き終えてみたら、見知らぬ二人が旅をする…《同居》モノの亜種でした。
モンスターとか魔法は出てくるものの、なんちゃってファンタジーです (^_^;)
Rなシーンはないです。しかも「なんファン」(略すな)です。ご了承下さい!

英語のわかる人に「一目ぼれ」って「フォーリン・ラブ・アット・ファーストサイト」でいい?
って聞いたら、「クラッシュ・オン~」でズキュゥゥン!ってきた、みたいなカンジだと
教わったのでそれをタイトルに使ってみました。


本文サンプルは「続きを読む」から、どうぞ。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


『 CRUSH QUEST 』
本文サンプル



  1.


「ねぇ、きみ!」
 その声が始まりだった。
 この不思議な日々の。それから、二人の。


 その日、その声を聞いた瞬間のイワンはとても急いでいた。
 用事が待っているわけではない。その逆で、大事な用を終えたばかりだった。
 どうにかこうにか役目を果たし、緊張から解き放たれて、帰路につこうとしていたのだ。
 帰るといっても、向かう先はアカデミーの学生寮。広いとは言えない部屋だが、それでも見慣れた壁と天井に囲まれたそれなりに居心地のいい、イワンにとっては小さな城だ。
 イワンはくたくただった。何十キロも走らされたとか、防護服を着て本物の爆弾を解除させられていたとか、そんなことをしたせいではなかった。その二つの課題は少し前に終えたが、これほど疲れたりはしなかったことを思い返していた。それに、あちらはいい成績が取れたかどうか、すぐにその場でわかったのもよかった。
 今日の一件は、本当に不意打ちで、まったく手応えもなく、どんな評価が下されているかもわからなくて、何事も悪い方向に考えがちなイワンにとっては拷問じみた時間だった。
 もう考えるのはよそう。どんな判断が下されようと、あそこから帰って来てしまった今はどうにもできない。
 そこに、背後から「ねぇ、きみ!」と声が聞こえた。
 イワンは振り向かなかった。よく通る男性の声で、何となく聞き覚えがある気がした。ここは街中だ。ドラマのロケでもやっているのかと思ったのだ。
「待って! そこのきみ!」
 しかし、声は近づいてきた。
「ええと、背中にJ-A-P-A-Nってロゴの入った人!」
 イワンは足を早めた。たぶん、背後の男が声をかけようとしているのはイワンだろう。イワンの着ているジャンバーの刺繍の文字を読み上げたのだ。ひょっとして、すぐそこを日本のユニフォームを着たナショナルチームのメンバーでも歩いているなら話は別だが。
 それにしても、とイワンは思う。後ろの男は日本という国を知らないのだろうか。あんなにクールな文化なのに。それはまぁいい。イワンはポケットを探った。財布も携帯電話もちゃんと持っている。落としたものはない。それなら、イワンのほうは追いかけてくる男に用はなかった。どのみち、道を歩いているだけで難癖をつけられるのだ。きっと今日もその類いだろう。それにしては、随分と明るい声ではあるが。
「ねぇ、きみ! 待ってくれ!」
 四度目の声が響くのとともにゴウッと突風が吹いた。真正面から吹いてきた風が、早足だったはずのイワンを押し留め、一歩後退させた。
「ああ、やっと間に合った」
 ポン、と手を置かれた肩をビクリと震わせる。
 反射的に振り向くと、すぐそこに満面の笑顔があった。白人男性。歳は十くらい上だろうか。整った顔立ちで、ブロンドにきれいな青い目だ。
 あ、セールスだ。イワンは悟った。これは何かの押し売りだ。宗教や美容に関するサロンや製品の売り込みだとか、資格取得に興味ありませんかとか、スキューバダイビングをやってみたいと思いませんか、とか。イワンは恐喝まがいの手合いに絡まれることも多いが、その次に多いのはこういう押し売りだった。
 セールスマンは男も女も魅力的な容姿をした人が多い。そうでないと、初見で人は立ち止まってくれない。彼は映画にでも出てきそうな顔立ちをしていたが、着ているものは年季の入ったフライトジャケットにジーンズだった。セールスマンの服装にしては奇妙だ。ラフすぎる。中に着ているTシャツとスニーカーも清潔に洗ってはあるが、パリッとした服装ではない。それでも、みすぼらしく感じられないのは人懐こい笑顔と颯爽とした物腰のせいかもしれない。
「よかった。追いついて。きみにこれを――」
「ま、間に合ってます!」
 我に返ってイワンは叫んだ。そして元通り前を向くと駆け出すことにした。これを、だなんてパンフレットだか試供品だかを差し出すに決まっている。この大都会に来て数ヶ月の間に、そんな目には散々遭ってきたのだ。そっちが押し売りのプロなら、こっちは押し売られそうになるプロだ。セールスは無視するのに限る。彼らには縄張りがあって、一定の範囲から飛び出してまで追いかけたりはしてこない。
 しかし、何事にも例外はあった。
「え?! どうして逃げるんだい! 待ってくれ!」
 彼は追ってくる。ジーンズにフライトジャケット姿のセールスマンは。
「け、結構ですってば! 他を当たってください!」
 イワンは振り返って叫び返す。困ったことに男は追いかけてくる。脚はそこそこ速そうだ。そのためのスニーカー履きなのだろうか。
「きみに言ってるんだよ! これはきみの――あっ、危ない! 止まりたまえ!」
 イワンを追って走りながら、彼が顔色を変えるのがわかった。イワンは咄嗟に首を前に戻す。目の前には自分がいた。違う、これは鏡だ。それも大きな。鏡でもない。ガラスの壁だ。目前まで迫ったイワンの姿を映しているのだ。ぶつかる。そう認識した瞬間だった。
 自分の姿を映していたガラスがゆらりと揺れた。
 イワンは息を飲んだ。ガラスが波打つ? そんなはずがない。目を凝らすと、そこに映っていたのは自分自身ではなくなっていた。
 樹が見えた。それも何本も。下草が風に揺れ、様々な種類の大きさもバラバラの木々が点在している。これは林だ。それも上空から見下ろした林の映像が目の前に迫っている。これはガラスじゃなくて巨大な液晶モニタなんだろうか。まいったな。どっちみちぶつかってしまう。
 イワンは頭を下げ、顔の前にはクロスした両腕を持ってきた。少しでも衝撃を緩和させようとしたのだが、その瞬間はやってこなかった。
 かわりに別の感触があった。背後から伸ばされたらしい腕がイワンのウエストに絡みついて強い力で引き寄せてきた。さっきのセールスマンだろうか。それともこの建物の警備員か。
 そんなことを考える間もなく、イワンの頬を風が打った。おかしな感覚だ。体全体を引っ張っていかれる。息が詰まり、胃が浮き上がるような。そう、まるでジェットコースターにでも乗ったとき、一番高い場所から一気に駆け下りていくときのような。
 イワンの意識は、そこで一旦途切れた。


 耳に入ってきたのは、小鳥のさえずりだった。
 ああ、もう朝か。イワンは寝返りを打つ。でもまだ寝ていたい。昨日は大変だったのだ。
 校長室に呼び出されたと思ったら、今すぐに出発だとタクシーに放り込まれて、着いたのは大企業のピカピカのビルだった。豪華な応接室で役員だとか取締役だとかいう人たちと話して……。正確には重役のおじさん達と会話をしたのは、ほとんどアカデミーの担当教官と校長で、イワンはその間に挟まれてうなずいているだけだったのだが、それでも疲労困憊した。
 布団を引っ張りあげようと手を伸ばしたが、手の届く範囲に毛布や布団はなかった。かわりに指に触れたのは、少しばかりチクチクする草の感触だった。
 まるで公園の芝の上にでもいるようだ。まさか。そんなところでうたた寝してしまったんだろうか。いや、待てよ。確かに家へ帰り着いた記憶もない。
 そういえば図書館で閉じ込められかけたこともあったなぁとぼんやりとした頭で思い返す。
 閲覧室も静かだけど、ページをめくる音や貧乏揺すりや咳払いの音くらいする。
 もっと静かなところはないかと思って廊下の一番奥のドアを開けたら、そこは備品の倉庫だった。まだ秋の初め頃だったからコンクリートの床は冷たいというより気持ちいいくらいで、抱えた本ごと床に腰を下ろすとそれを読み耽ったのだ。
 気がつくと、部屋は真っ暗になっていた。それに、床に腰を下ろした姿勢でいたはずが、開いた本に額をつけて腹這いに寝そべっていた。昼寝どころか、時刻はもうすっかり夜で、イワンは月明かりを頼りに手探りで倉庫から這い出した。倉庫の電灯のスイッチはドアの外にしかなかったからだ。
 廊下に出ると、閉館のための見回りをしていた警備員と鉢合わせになって、二人して飛び上がりかけた。お説教のあとに放り出されたのは言うまでもない。
 居心地のいいところだからって、どこでも平気で居座ったり眠り込んだりしてしまう癖はどうにかしなきゃいけないな、とイワンはため息をついて目をこする。
 鳥の鳴き声は次第に大きくなっていた。チュンチュン、チチチ、なんていう耳触りのいいものではなくなっている。キーキー、ガーガー、それに翼が慌ただしく風を切る音。バサバサと幾重にも響き、頭上で慌しく方向転換をしていく。
 尋常な様子ではない。まさか災害でも起きているのか。大事故だとか火災だとか。
 イワンは飛び起きた。
 次に感じたのは、震動だった。地面が揺れている。しかも揺れはどんどん大きくなっている。
 地震? シュテルンビルトで? 昔から水害は多かったそうだが、地震の被害だなんて聞いたことがない。
 視界の端に何かが映った。正体を理解する前に、イワンは息を飲み、身を強張らせた。何だかわからないが、やばい。喉の奥から悲鳴がせり上がってきた。
 大きな丸い塊が近づいてくる。輪郭がぼやけて見えるということは、まだかなり遠い。それなのにこの震動だ。しかも、灰色をした塊はどんどん大きくなっていく。すごいスピードだということだ。
 かん高い音が耳に飛び込んできた。と同時に、こちらに向かってくるものの正体が半分だけ理解できた。
 あれは生きている。大きな動物だ。ふたたびあがったかん高い音、それは生き物の発する叫びだった。
 虎やライオン、牛やカバ……そのどれとも違う。何の種類だかはわからないが、大きさはほとんど象に近い。けれど、揺れる耳も鼻も見えなかった。前進しているのだから正面から見ているはずなのに顔らしい部分が見当たらない。いや、あれが何者かなんてどうでもいい。とにかく、今は逃げなくては。
 木に登れば助かるかもしれない。幸い、イワンは身が軽い。だが、周囲に点在する樹木を見上げて愕然とした。手の届きそうな高さには枝が張り出していないのだ。取っ掛かりがない。
 あの木も、そっちの木も無理だ。その間にも凶暴極まりない生物は真っ直ぐイワンへと突進してくる。立ち止まりそうな様子は見えない。あいつに背を向けて走るしかない。間に合うだろうか。
 そのときだった。
――スカーイハーイ!!
 そんな声が聞こえたような気がした。
 遠くから下草がなぎ倒されてくる。イワンは勢いよく地面にダイブする。
 風が鳴った。どうっ、と吠えるようなその音とともに突風が地面スレスレを舐めるように駆け抜けていく。
 さっきの声は空耳かもしれなかった。近づいてくるように思える風も、単なる自然のなせる業でイワンの気のせいかもしれない。
 けれど、イワンは逃げ続けるより、身を伏せるほうを選んだ。ああ、やっぱりヒーローが助けに来てくれた。そう感じながら。
 両腕で庇った頭の上をごうごうと強い風が吹き抜けていく。と思うと同時に、悲鳴が聞こえた。人間のものではない。動物の、それも大きな体から放たれる声だ。
 どしん、と重い音が響く。またしても地面が揺れた。一拍おいて風が止む。自然現象ではありえない。急に、ピタリと風が止まったのだから。
 イワンはそろそろと頭を上げて辺りを眺めた。十メートルほど離れた位置でさっきの生物が伸びていた。大きな木の傍だ。突風で叩きつけられたのだろう。
「怪我はないかい?」
 背後からの声に慌てて身を起こす。
 逆光ぎみの光の中、騎士の被る兜のような頭部とアメフトの防具をつけたような上半身が見えた。TVの中で見慣れたヒーローのシルエットだ。
 数メートルの距離まで近づいてこられたところで、イワンは眉を寄せた。
「スカイハイ……じゃ、ない?」
「えっ?」
 イワンは幾度か強く目をつぶり、瞼を開けてみる。
「え、えっと……」
 別人だった。ヒーローのスカイハイは、騎士めいた衣装を着てはいるが、目の前の彼は本当に古めかしく鉄で出来た鎧兜を身に着けているのだ。簡素な兜と、胸と腕、それに脛だけを覆う程度の鎧だが、それでも彼が歩くたびにレプリカにしては重々しい音をたてる。あの有名人が、一日だけ《中世バージョン》のコスプレをしているとか? まさか。
「スカイハイじゃ、ないんですよね? でもさっき、走ってきて……そう叫びませんでしたっけ?」
 あれは間違いなく風だ。それも、超常的な現象の。あの風を起こしたのは、目の前に立つ鎧兜を身につけた彼に違いない。暴走した生物を突風で吹き飛ばす前に、彼はスカイハイと叫んだ。あのヒーローが技を繰り出すときの掛け声にとてもよく似ていた。
「う…ううん……そう、言ったかもしれないね」
 彼はわずかに狼狽えたようだった。
 スカイハイと似たようなNEXT能力を持っているのをいいことに、同じような衣装を着て人気のない場所でヒーローごっこを楽しんでいる人なんだろうか。
 ヒーローのコスプレをしたバイカーやスケートボーダー集団のサイトを見たことがあるし、さらなる進化形というのか、ヒーローを模した衣装を着て廃屋でサバイバルゲームをしていた人たちが、通報されてしまい警察に捕まったのもニュースで見たことがある。
 彼は兜の顔を覆う部分を跳ね上げた。二十代の後半くらいだろうか。ブロンドの白人男性の顔があった。顔を見せるということは、彼は一般人なのだろう。
「うーんと、その……呪文というか……魔術を使うにあたっての掛け声なんだね、うん」
「じゅ、呪文? 魔術?」
 どうしよう、ただのコスプレじゃなかった。さらに痛い人だ。助けてもらったのは確かだが、おかしな妄想につきあわされるのは御免蒙りたいとイワンは慌てる。
 イワンが慌てて目を伏せたとき、「あれっ」という声が降ってきた。思わずパッと顔を上げてしまう。そして、気がついた。
「あなたは……そうだ確か」
 セールスマン。整った顔立ちに颯爽とした話し方。服装はセールスには向かなそうなジーンズにスニーカー、それにフライトジャケット姿だった。さっきは。
「きみは――」
「思い出してくれました? さっきの人ですよね、駅前で話しかけてきて……あのときはすみませんでした。僕、疲れてて……あの、いつの間にそんな格好に」
「さっき?」
「ああ、さっきじゃないのか。僕がこの公園で眠りこけてたんだから、何時間か経ってるのかもしれませんけど、でも今日の午後に」
 彼はイワンの目の前でササッと大きく手を振る。
「いや、私が言いたかったのはね、きみは随分と変わった格好をしているなってことだよ」
「変わっ…て、ますか?」
 そっちこそ、と思うがイワンは口を閉ざした。微妙とか、趣味が悪いとか言われることなら何度もあったが、そんなにおかしいだろうか。鎧兜より?
 イワンは振り返った。大木の根元に伸びた生き物を見ておこうと思ったのだ。
「え?! な、何だ、これ!」
 さっきまでとは様子が変わっている。ほんの少しだが白い腹が見えた。生き物はうつ伏せに横たわっているようだ。だらりと伸びた四肢の間から脇腹らしき白い部分が覗いている。
「これ……この灰色のって……トゲ?」
 動物番組で見た記憶を手繰り寄せる。怖いことは怖いのだが、好奇心に駆られてイワンは横たわった動物を覗きこんでいた。そして、その表皮に触れる。
 針に覆われた背中、小さな四肢とさらに小さな目と耳、鼻先はほんの少し突き出ていた。サイズは子象だが、この姿はまるでハリネズミだ。この巨大版の生物は顔や足にも針がびっしりと生えていて、腹の狭い部分だけに柔らかそうな白い毛が見える。こんな生物は見たことがなかった。
「ハリネズミに見えないこともないですけど、それにしてもサイズが」
「ああ、ひどい呪いだ」
 イワンは吹き出しかけたが、向かい合う顔がひどく真剣なので言葉を切った。
「ドラゴンが退治されて、ドラゴンを崇拝していた教団も解体されたとはいえ……まだ影響は各地に残っているらしいね」
「――は、い?」
「かわいそうに。こんな姿にされる前に、既にこの子は命を奪われてしまったんだ」
「え、あの、動物実験とか、そういうことですか」
 鎧姿の彼は曖昧にうなずくと、巨大生物の顔の下あたりに手を伸ばした。
「事切れている。この子には気の毒だが、もうこうなると、正気を失って暴れるだけだから退治するしかない。町へ運ぼう。手伝ってくれるかい?」
「はぁ……あの、街って……ここ、どこなんですか? 街中でこんな公園っていうか林なんて見たことなかったですけど、どこのステージにこんな広い場所が」
「そろそろ日が暮れてしまう。その前にはここを抜けよう。動物と違って私たちは夜目がきかないからね、林の中にいては危険だ。噂ではこの一頭のようだが、他にもこういう動物が潜んでいないとも限らない」
「あっ、はい」
 イワンは答えて、彼の後についていく。
「そうだ、助けてくれてありがとうございました」
「いいんだよ。この生き物を持ち帰ってくれと依頼を受けていたんだ。そこにきみの悲鳴が聞こえてね」
「はぁ、そうなんですか」
 彼は来た道を少し戻ると、木陰から荷車とそれを引く馬を連れてきた。衣装だけでなく小道具まで中世風ときている。車輪までがすべて木製だ。荷台には太いロープが積んであった。
 二人は荷車とともに元の場所まで戻る。
 彼は横たわった生き物の前で両手を広げた。何か叫ぼうとしたのか大きく息を吸ったが、傍らで見守っているイワンに目をやって、少し照れたように笑うと、「えいっ」と小さな声を発した。本当ならさっきのヒーローっぽい掛け声を叫びたかったのだろう。やはり風を生み出すことができる人らしい。彼の体がふわりと青い光を纏う。驚いて跳ねた馬をイワンが宥める。小さな竜巻が発生して、生き物の体は荷台に収まった。
 ロープをかけるのにイワンも手を貸し、二人は林を出ることにした。
 大変な一日だった。こっそりと息をついたイワンが、本格的に驚くことになるのはまだこれからだった。



  2.


 林から抜け、木々がまばらになった地点で足元には道が見えてきた。といっても舗装されてはいない土の道で、かなりでこぼこだ。イワンは荷車を引く馬の隣を歩いたが、謎の巨大生物は見た目よりずっと軽かった。
 後ろからは林の中で助けてくれた男が風を送りつづけていた。そのせいもあって、馬も足を止めずに歩き続けた。鎧姿の彼は、キースと名乗った。
 しばらく進むと、道は緩やかな下り坂になる。
「さあ、もうすぐ着くよ。手伝わせて悪かったね」
「いえ、そんなことは」と言いかけて、イワンは一旦口を噤んだ。
「――なっ、何じゃこりゃああああ!?」
「ええと、きみ……」
「どうなってるんですか?! ま、街?! 映画の中みたいな……ハッそうか、これはロケなんでしょう? 大掛かりなファンタジー巨編のロケ地なんだここは!」
「ねぇ、きみ落ち着いて」
 イワンが慌てるのも無理なからぬことだった。坂を下りきった先には、何とも長閑な風景が広がっている。
 林の手前から続いてきた道は、ここに来て幅が広くなっていた。それでもむき出しの土の道路のままだ。その両脇に見えてきた建物はどれも平屋建てらしい。空が広く見えている。しかも、どの家も石造りか木で出来た小屋のようだ。鉄筋コンクリートのビルは視界のどこにも入ってはこない。
 大都市シュテルンビルトのどこにこんな場所があるというのか。イワンの生まれ故郷は田舎町だったとはいえ、ここまでではない。田舎というより時代を遡っているとしか思えなかった。現代にこんな風景が見られるとは驚きだ。これでは絵本の中の世界ではないか。
 どこかの家の煙突から白い煙がゆっくりと空へのぼっていく。のんびりした風景の中で慌てふためいているのはイワン一人だけかもしれない。キースも困り顔でイワンと向かい合っている。

(中略)

 扉のすぐ内側には小さなカウンターのようなものが設えられていた。ひょいっと顔を覗かせた中年女性は、確か酒場で料理の皿を運んできた人だ。ここのおかみさんなのだろう。カウンターの奥は酒場の調理場に繋がっているらしい。
 彼女はイワンに宿のルールや注意事項を告げるでもなく、二人の顔を確かめると、愛想笑いのようなものを浮かべて奥へと引っ込んでしまった。
「相部屋で構わないかな」
「えっ、はい。僕は全然」
 新しい部屋を用意するのを面倒がられたのだろう。夫婦二人だけで宿と酒場を経営しているようだし。
「でも、僕はいいですけど、キースさん…が嫌じゃないですか」
「大丈夫さ。休む前に、きみの話をもう少し聞かせてくれるかい? 特に、あの林で目を覚ます前のことを」
「はい……」
 他の宿泊客はいないのか、廊下はひっそりとしていた。酒場の喧騒もここまでは届かない。キースが寝泊まりしている部屋に入る。イワンは壁際に置かれた鎧をぼんやりと眺めた。
 キースは小さな机の前に置かれた背凭れなしの椅子を引いてきて、それに腰を下ろした。イワンにはベッドに腰かけるようにと手で示してくれる。
「明日には出発するって言ってましたけど、キースさんも旅をしてるんですか? どれくらい?」
「もう三月になるかな。それより、今はイワンくんの話を聞こう」
 酔いにまかせて愚痴っていたときは良かったが、改まってそう切り出されると、何をどう説明していいか分からなくなる。
「酒場に来ていた町の人々は、きみのことも旅人だと思ったようだけど、本当はそうではないんだろう?」
「そ、れは……」
「気がついたらあの林にいただけで、何をどうしていいかまだ思案中のように見えたのだけれど」
 シュテルンビルトという都市について理解してくれているかは不明だが、キースの勘のよさによるものか、イワンの基本的な境遇は察しがついているらしい。
「……そう、です」
 ふーっと細く息を吐いてから、イワンは話を始めた。
 走っていて、大きなガラス扉にぶつかると思った瞬間、そこを突きぬけてあの林に来てしまったこと。イワンがなるべく冷静に考えて出した結論によると、この土地は、イワンが昼まで暮らしていた街とはまったく次元の異なる別世界にしか思えないということ。
「どこか遠い国とか、ずっと昔の過去のどこかっていうんじゃなくて……並行世界っていうのかな、この世界をくまなく歩いても、ここで何百年も何千年も待ったとしても、僕の住んでた街には辿り着けない、みたいな感じがして……」
「そうか、なるほど」
 キースはうなずくと、一度腰を上げて壁際の荷物の中から一枚の紙を引っぱり出してきた。紐で留めて筒状にしてあるのを、解いて広げてくれた。
「地図だよ。今いるのはこの辺りだ」
 世界史の教材で見たことがあるような、まさに古地図だった。大きな川と山脈くらいしか描かれておらず、都市らしき名前だけがぽつぽつと記されている。
「正確な話ではないから、保証することはできないんだが……地図で言えばこの辺りになるかな、不思議な力を秘めた遺跡の言い伝えがあるんだ。そこには幾つもの鏡が眠っていて、様々な風景を映し出している、と。遠い国の風景だけではなくて、見たこともないような不思議な光景を映す鏡もあるというよ」
 キースという人は、珍しいものや貴重なものを探す、つまりはトレジャー・ハンターだというのだろうか。
「そして、その鏡を抜けて、そこに映った景色の中へ踏み出すこともできると言われている。鏡の向こうから、たとえば、こういうものを持って帰った人もいた」
 キースは広げた地図の下から、手のひらよりも小さな何かを抜き出した。イワンは息を飲む。
「これ! け、携帯電話ですよ!」
 キースの手から引ったくり、折り畳み式の電話を開いた。大手電機メーカーのロゴが入っている。最新ではないが最近の製品だ。ボタンに書かれているのは英語。イワンは電源ボタンを押してみたが、ディスプレイが光ることはなかった。ずっと前に拾われたものなのかもしれない。
「あ、すみません、引ったくったりして。でも、これ……この道具は、僕の来た世界から持ち込まれたものだと思うんです。だから、興奮しちゃって」
 電話を元通り折り畳み、キースの手に返す。
「じゃ、じゃあ、あの……そこへ行けば、僕は元の世界に帰れる、んですよね?!」
「絶対にそうだとは言ってあげられないけれど、可能性はあるのではないかな」
 イワンはほうっと息をついた。可能性だけでも構わない。小さな希望と明確な目的が出来ただけマシだ。
「私もその遺跡を目指しているんだ。どうだい、旅の道連れになってはくれるかい?」
「い、いいんですか? 僕なんか大して役立つことはないと思うんですけど。でも、あの、こっちからお願いしたいくらいです。お金でも持っていればいいんでしょうけど、何もなくて。助手みたいなことでもさせて下さい」
「よかった。一人旅は寂しいからね。この町でしていたように、途中途中で仕事を請けながら、手間賃を稼いでの旅になるよ。いいかい?」
「そ、それはもう」
「それで、ね」
 キースは微笑むと、イワンの隣に腰を下ろしてきた。スプリングなど備えていないベッドの木枠が軋む。
「きみは私を雇いたいくらいだと言ってくれた。でも、お金がない。だから、かわりに私の手助けになるようなことをしたい。そうだね?」
 イワンは顎を引いた。その顎の先にキースの指がかかり、くいっと上向かせられる。あれっ、と思う間もなくイワンの肩をキースの大きな手のひらが包んだ。
「たとえば、私への報酬をこういう方法でくれる、っていうのはどうかな?」
「え? あの、ちょ、ちょっと……」
 キースの手のひらが、肩から背中に移ったと思った直後、イワンの体は敷布の上に仰向けに倒れた。

(後略)


(……キースさんオニチクみたいですけど、そんなでもないです!)


(気になった方はよろしくお願いします!)
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Posted on 2014/03/04 Tue. 14:05 [edit]

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