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空/折 「75hours」 

とある方のつぶやき…
「告白もせず手を出してしまった事を悔やんで、
愛してるの一言がおこがましいと感じてるキースさんと、
それを敏感に察して自分から告白すべきか悩むイワン君の話」
が面白いと思ったので、書いてみました。
(つぶやきを文章化する許可は頂戴しています。)

あらすじが与えられてるのに、全体像が見えてこないというか…何だか難しかった。

ヒーロー全員出てきます。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

>>>75 hours


Wednesday,16:20

 カリーナとパオリンがトレーニングジムのドアをくぐったとき、キースはドリンクを片手に窓の外を見ていた。
 楽しかったね、また行きたいね、と言い交わしながら部屋にやってきた後輩二人は、おざなりにキースに挨拶を寄越した。キースも軽く挨拶を返す。
 彼女たちは公開したばかりのサスペンス映画を観て、そのあとに評判のスイーツバイキングに立ち寄った帰りだった。
 二人の口調が少しばかり色を変えたのは、映画の感想に話題が移ってからだった。
 少し聞き耳を立てていれば、口論とは呼べないまでも二人が単に感想を述べ合っているのでなく、意見を戦わせていることに気づいただろう。
 しかし、彼女たちのそばで水分補給をしていたキースは、そのことに気づくことはなかった。
 キースはぼんやりと別のことを考えていて、後輩の二人がいることは認識していたが、彼女たちが何を話してどんな雰囲気かまでは気が回らなかったのだ。
「あれはおかしいよ」
 パオリンが声のトーンを上げ、キースは無意識にそちらに視線を遣った。
 少女のくりくりとした瞳と視線がぶつかる。パオリンは目が合ったキースに向かって言った。
「人を慰めるのに服を脱がす必要なんてないよね」
「…ちょっと」
 カリーナが慌てたように割って入る。
「あの、これ映画の話だから。ごめん、スカイハイ」
「普通そんなことありえないよね」
 キースはムッとしたような表情を浮かべるパオリンと顔を見合わせたままポカンとしていた。
「よしなって」
 カリーナはわずかに頬に血を上らせてパオリンの袖を引く。
 たとえ架空の話であっても、異性に『服を脱がす』なんて話題を振ることについてカリーナは羞恥を覚えたのだが、目を丸くしているキースはそのせいで唖然としているわけではなかった。
 動きを止めてしまったキースを見てバツが悪くなったのか、それとも無反応なために詰まらなく思えたのかパオリンは顔の位置を元に戻した。
「いきなりそんな話しないでよ」
 カリーナは少しばかりむくれて言った。
「それこそ普通はそんな発言しないから」
「だって」
「あのヒロインは、前から彼のことが好きだったの。だから」
「嘘だぁ。なんか取ってつけたみたいだった」
 映画におけるラブシーンの不自然さと、友人のデリカシーのない言動にそれぞれ不満を覚えつつ、二人は言い合いながらマシンのほうへと歩いていく。
――慰めるのに服を脱がす必要なんてないよね。
 そう、そんな必要はない。
――普通そんなことありえないよね。
 パオリンの言うとおり、普通ならありえないのだ。
 映画の中でさえ、取ってつけたような脚本のミスだと指摘される出来事。
 けれど、それは起きた。
 さっき後輩たちが入ってきたドアをキースは眺めた。
 あのドアの向こうにある、ロッカールーム。
 その広いとはいえない部屋の中で、ほんの二十四時間ほど前に…普通ならありえないことを自分はしてしまった。



Tuesday,17:40

「折紙サイクロンがいるから大丈夫だと思った、って」
 そうつぶやいて、イワンは肩を落とした。
「ちゃんと言ったんです。危ないから逃げてください、って」
「でもその人は逃げなかったのかい」
 ロッカールームのベンチに並んで腰を下ろし、キースはイワンの話を聞いている。
「そりゃあ『危険でゴザル』とか『立ち去られよ』とか…そういう言い回しはしたかもしれませんけど」
 だからって、とイワンは声を落とした。
「それはもう…きみに責任はないんじゃないかな」
「そうかもしれません。けど……これって、どうなんでしょうね」
「どう、とは?」
「マズいですよね。根本的に、何ていうか…存在が」
「存在?」
「立ち位置っていうか、僕は…折紙サイクロンはヒーローだって認識されてないわけですから」
「その男性は特殊な例だよ」
 そうキースが声をかけたが、イワンは浮上する気配はない。
「今回のことでわかりました。変わった衣装のタレントみたいに見られてるんですよね」
 イワンは自分のつま先に視線を落として大きく息をついた。一緒にため息をこぼしたくなったが、そんなことをしたらイワンはきっと(ああ、やっぱり僕は呆れられるようなことしか言えなくて…)などと考え、さらに落ち込むだろう。
 先ほど、キースがロッカールームにやってくると、イワンがベンチに座っていた。
 トレーニングの後らしきイワンのウェアは汗に湿って見えたが、着替えるでもなくシャワーを浴びに行くでもなく、電池が切れたように小さくなって座っていた。
 キースが声をかけると、イワンは慌てて立ち上がろうとはしたが、どうにも気が入らない様子だった。
「……どうしたんだい?」
「いや、なんか…ちょっと」
「うん? 疲れているのかな」
 キースがベンチの隣に腰を下ろし、横顔を覗き込むようにするとイワンはためらいがちに口を開いた。
「っていうか、実は、あの」
 イワンが話し始めたのは先日の緊急出動にまつわる件だった。
 街を一望できる複合ビルの最上階、その展望室に爆弾を仕掛けたという脅迫メールが届いたのだ。
 ビルの低層階には店舗が、中層階にはオフィスが入っている。警察官やヒーローたちの誘導で、客も従業員も全員がぞろぞろとビルを後にした。
 実は爆弾を仕掛けたというのはタチの悪いイタズラで、後日犯人は逮捕された。避難の際も含めて怪我人が出ることはなく、関係者は胸をなでおろした。事件とも呼べないような事件だ。
 イワンは、折紙サイクロンとして現場に一番乗りを果たしたそうだ。最上階の展望室で観光客たちの避難誘導を任されることになった。
 そこにいた若者の一人がヒーローの言葉に従わなかったらしい。
 無論、早く逃げるようにアナウンスはした。その上で、足の不自由な女性に手を貸してイワンは一旦、その場を離れた。
 しかし、その若者はその場を立ち去ろうとはしなかった。
 折紙サイクロンが声をかけるくらいならまだここは安全だろうと、彼は判断したらしい。
 せっかく人が減ったのだからもっとよく観ておこうと展望室を独占し粘っているところを、後から現場に到着し、念のためを思ってタワー内を見回っていたタイガー&バーナビーに発見されたのだ。
 ヒーローに摘み出される格好で避難してきた若者は、おまけにワイルドタイガーに説教まで食らい、不満げにぼやいたらしい。いわく『折紙サイクロンが来るくらいじゃ、大して緊迫した状況じゃないのかと思った』と。
 その発言はイワンには伏せておこうということで、バディの意見は一致していた。落ち込むことは目に見えているからだ。けれど、運悪く何かの拍子にイワンの耳にもその不届きな発言が入ってしまったそうだ。
 そして、予想通りイワンは落ち込み、ロッカールームの隅で中々浮上する気配も見せない。
「嫌なことがあってもきちんとトレーニングには来たんだね。偉いじゃないか」
「今日のトレーニングメニューはこなしたんですけど…何か、空しくなってきちゃったっていうか……」
「世の中には色んな人がいるさ」
 キースは話題を変えることにした。
「さあ、シャワーを浴びて着替えたほうがいい。そのままだと、汗が冷えて風邪を引いてしまうよ」
 注視しないとわからないほどだったが、イワンはごく小さく顎を引いた。
 キースは手を伸ばした。イワンの腕を軽く叩くつもりだった。肩や背中にそうするように。単純な励ましの意味だ。
 肘の手前、イワンの前腕にキースの手のひらが触れる。
「…っ、ふ」
 何かを堪えるような息遣いがイワンの唇から漏れた。
 キースの親指がほんの少しだけ、ごく軽く、イワンの肘の内側の柔らかな場所に触れていた。
「す、みません、あの」
 イワンは困ったようにつぶやく。
「くすぐったかっ…た、みたいで」
 キースは手を離した。
 本当ならここで笑うべきだった。後からキースは後悔した。くすぐったがりなんだね、とでも言って笑みを見せれば良かったのだ。
 イワンは笑わなかった。
 恥ずかしいところを見られてしまったとでもいうように首をすくめていた。
 一度膝に落とした視線を上げて、キースをチラリと見る。
 その頬に朱が差しているのが見て取れた。
 キースは一度引っ込めた手を、ふたたび伸ばした。
 イワンの肩が小さくぴくりと震える。キースの指が肘の内側にかかっていた。
 あまり鍛えようのない場所だ。親指が柔らかい皮膚に沈む。
「助けを求められるのは当たり前でも、みんなを笑顔にできるヒーローは少ない」
「あの……」
「きみが努力家なのはよく知ってるよ」
「は…い」
 語りながら、キースは伸ばした腕に力を込めた。イワンの肘に指をかけた手を引き寄せる。
 いま喋った言葉は、嘘でもなければ出任せでもない。思ったとおりのことを告げたはずだ。けれど、実のところ何を言っているのかキース自身もよくわからなくなっていた。
 自分の口から意味不明の呪文が飛び出したようにさえ感じた。
 イワンは何か不思議なものでも眺めているような顔つきをしていた。
 目にしているものの正体を確かめようとするような。
 不思議そうな表情のまま、イワンは手前に体を傾けていった。
 キースも首を斜め前に倒した。
 視界を満たしたイワンの口元が何か言いたげにほんの少し開く。
 何か言われるのを恐れるみたいに、キースはその隙間を塞いだ。自分の唇を寄せて。
「……ん、…」
 イワンから鼻声が零れ、腕を引き戻そうとするように肘がぐっと曲がる。キースは離れていこうとするイワンの背中に腕を回した。
 顔の角度が変わり、細い息が漏れる。息を継ぐ音も飲み込んで唇が噛み合わせられた。
「ふ、っ……」
 どうしてこんなことになっているのだろう、とキースはぼんやりと思った。
 一生懸命に頑張る後輩を元気づけようとしていたはずだ。それに、もう着替えたほうがいいと言ったばかりなのに。
 腕の中に抱き込んだイワンの体はひんやりとしている。張りついたトレーニングウェアが汗に湿り、それが冷えてしまったのだ。
 イワンの手がキースの腕を掴んでくる。すがりつくようなその動きに、ジャケットの袖が皺を作った。
 キースの指も似たような動きを見せた。イワンのウェアを握りこみ、皺を作る。服の裾をじわじわと捲りあげてゆく。
 背中に指が、脇腹に手のひらが触れる。
 びくり、と二人の背が震えた。
 二人の動きを止めたのは、愛想のない音だった。
 音階を駆け上がって、すぐに駆け下りる単純なフレーズ。速いテンポで繰り返される短すぎる音楽は、キースのジャケットの中から聞こえた。
 そろそろと顔を離す。
 ぼんやりとこちらを見上げてくるイワンの顔に視線を落としながら、キースはポケットを探った。
 着信を知らせて明滅を繰り返す携帯電話を抜き出す。ディスプレイには会社の所属部署からの電話だと表示されていた。
「――もしもし」
 キースが電話を耳に押し当てると、イワンは後ずさりするように少しずつベンチの上を滑っていった。キースが腰を下ろしたままの地点とは逆の端から立ち上がり、ロッカーの前へと移動する。
 バタン、とロッカーのドアが開く音がした。
 キースは電話の向こうの相手が話す、スケジュールの変更についての伝達に意識を向けようとした。
 もう一度、ロッカーのドアの音が響く。イワンは、手に私服を抱えてキースをチラリと見た。それから、奥へ…シャワールームのある方向ではなく、出入り口のドアへと向かう。
 すれ違いざまにぺこり、と一礼される。
「……待って、それはどこで――」
 キースの言葉はそこで途切れた。ロッカールームのドアが開いて、閉じた。イワンはその向こうに消えた。
 電話の相手は、キースの台詞をスケジュールの再確認をしたいのだと受け取ったらしい。『わかりづらくて申し訳ありません。13時に本社にて打ち合わせ、移動していただいて15時から……』と繰り返される。
 声を出さずにキースは笑った。いまのはイワンに言ったのだ。私服を抱えて出て行ったが、どこで着替えるつもりなのかと尋ねようとしたのだった。
 どこでも着替えられるさ、とキースは胸のうちで考えた。
 いきなり腕を掴まれてキスを仕掛けてくるような人間のいないところなら、どこでだってゆっくりと落ち着いて着替えられるだろう。
 通話を終えると、キースが部屋に来る前のイワンのように、ベンチに腰を下ろしたままぼんやりとしてしまう。
 あれは一体なんだったのか。自分は何をしてしまったのか。
《みんなを笑顔にできるヒーローは少ない》
《きみが努力家なのはよく知っている》
 そう言いながら、イワンを引き寄せた。
 あんなことを言うべきではなかったのかもしれない。
 努力家だとか、どんなヒーローだとか、そんなことはどうでも良かった。
 言うべきなのは別の言葉だった。
 イワンが落ち込んでいるのを見るのは辛いということ。イワンに、笑顔でいてほしいということ。
――きみが、好きだということ。
 言わなければいけなかったのは、それだけだった。



Thursday,15:10

 その日、トレーニングジムの壁に大きく取られた窓からは、もう夕暮れに近いような光が差していた。夕方から雨の予報だが、雨雲の到着が早まっているのかもしれない。
「喧嘩でもしたのか?」
 尋ねる虎徹に「えっ」という声が二重奏になる。
「喧嘩だなんて大袈裟です。さっきの僕は単に注意をしただけですし、あれはごく正当な」
 腰に手を当てて胸を張るとバーナビーは朗々と語り出した。それを見て虎徹は小さく息をつくと、顔の前で手をひらひらと振った。
「あー…俺たちのことじゃなくて」
「違うんですか?」
「……お前、何でも自分に引きつけて考えるのいい加減やめろよ」
「何ですって、そういう虎徹さんこそ」
「待て待て待て、これじゃ本当に口喧嘩が始まんだろーが。違うって。俺らじゃなくて、折紙」
「折紙先輩が?」
 えっ、という驚きの声をあげて以来、会話に入ってこようとしなかったイワンを二人が振り返る。
「折紙先輩が…誰と喧嘩をするっていうんですか?」
 確かに女子陣に一方的に言い負かされるならともかく、イワンに喧嘩というのはあまりしっくりと来ないイメージだ。
「ん? スカイハイと」
 ふたたび「えっ」という二重奏。
「…じゃねーの?」
「ありえないでしょう」
「なんで?」
 バーナビーと虎徹は一瞬見詰めあい、本人に聞いたほうが早いとばかりにイワンを見た。
「……え、あの…喧嘩なんてしてないです」
「そう?」
「それに、バーナビーさんの言うとおり、僕とスカイハイさんじゃ喧嘩しようがないし」
「ほら」
「そっか。スカイハイさぁ、さっきそそくさと帰っていったろ? なんか、折紙を見つけて慌てて出て行ったように見えたからさぁ」
「そう…でしょうか…」
 イワンは困ったように肩をすくめ、視線を落とした。バーナビーが口を挟む。
「急いで出て行ったように見えたのは、それこそ本当に用を思い出したのでは?」
「そうかな~。なんか変な顔して見えたぜ」
「具合でも悪かったんじゃありませんか?」
「え?! アイツが?! そりゃあ、ないわ~」
「どうしてそっちを思い切り否定するんですか! あり得るでしょう、体調が万全でないときくらい」
「そうかねぇ」
 まだ納得のいかない顔をしている虎徹と、その相棒の考えに対して納得できずにいるバーナビーに、イワンは一礼した。
「あの…じゃあ…お疲れ様です」
「お疲れ様です、先輩」
「おう、お疲れ」
 二人に見送られ、イワンはロッカールームへ向かう。
 ドアの前、ノブに手をかけた格好でイワンは小さく息をついた。
 念のためノックをする。返事はない。
 ホッと息をついてそろそろとドアをくぐり、自分に割り振られたロッカーの前へと進んだ。
 ロッカーの扉に手をついて背後を振り返る。壁際には、数日前と変わらずベンチが置かれていた。
 たった二日前のことだ。
 あのベンチにイワンは腰を下ろして落ち込んでいた。
 そしてキースが部屋にやってきて、イワンの話を聞いてくれた。
 慰めようと言葉をかけてくれて、それから――。
 イワンは私服を引っつかんでロッカールームを飛び出してしまった。
 そのまま下りのエレベーターに乗り込む。エントランスロビーのある階のボタンを押した。途中の階で乗り合わせたのは見知った顔だった。
 ヒーロー管理官のペトロフ裁判官が、いかにも知的エリートらしき青年を引き連れて乗り込んできた。まだ学校を出たてに見える青年は、ペトロフより立場が下に違いない。トレーニングウェア姿のイワンに驚いた顔をしたものの、見えなかったかのように平静を装って前を向いた。
『あなたは……』
 折紙サイクロン、という単語を出すわけにはいかないのだ。とすると本名のほうがすぐに思い出せないのだろう。裁判官は眉間に皺を作った。
 名前を呼ぶ必要はないと思い至ったらしい。彼はもう一度口を開いた。
『運動ならそれ相応の場所で行っていただきたいのですが』
『いや、あの…』
 イワンの抱えた私服に気がついたようで、いかにも不愉快そうにその顔がしかめられる。
『何を仕出かしたんですか』
『だ、大丈夫です』
『問題が起きたかどうかはあとでわかるでしょう』
 ペトロフは鼻を鳴らすと、とある階のボタンを押した。指示に従って、エレベーターは途中の階で停止した。
 ドアが開く。誰も動かなかった。廊下の左右には会議室らしき部屋が並んでいる。
『廊下のつきあたりが化粧室です。せめて、この階で着替えてからエントランスに降りるように』
『……すみません』
 ペトロフなりに気を回してくれたらしい。会釈して、イワンはエレベーターから降りる。ドアが閉まりきるまで、あの青年はイワンなど見えないように振舞っていた。
 トレーニングウェアは自宅へ持って帰って洗濯した。それを今日持って帰ってきて、袖を通している。備品を盗んだわけではないし、問題は起こしていないはずだ。
 ベンチからどうにか視線を引き剥がして、ロッカーに向き直る。
 ごん、と額がスチールのドアに当たる鈍い音がした。
「あれって……」
 本当にあったことなのかな、とイワンは思う。
 元気づけられていたはずが、キスをしていた。腕を引かれて。服の裾に指がかかって。
 実感がまるでない。けれど、虎徹にまで指摘されるくらいキースがおかしく見えるのなら、やはり何事かは起きたのだ。
 どうして逃げ出してしまったんだろう。
 イワンはロッカーに額を押し当てたまま、自分の行動を思い返した。
 一目散に逃げ出すなんて。一秒だって同じ部屋にいたくないかのように。
「……う」
 さっき、言えばよかったのだ。キースを見かけたとき、すぐに。虎徹やバーナビーがいたって構わない。キースを呼んで、小さな声でたった一言。
「――嬉し、かった…です」
 どうしてああいうことが起きたのかはわからないけれど、ハプニングじみたあの出来事は嬉しかったのだ。
 あるはずがないと思っていた。あの人に抱きしめられるなんて。唇を重ねるなんて、あの人と。
 だけど、キースはあれをなかったことにしたいと考えているなら……。
 ごん、とイワンの額が二度目にドアを打った。



Friday,20:30

「――あの! 嬉しかったんです!」
 廊下にイワンの声が響く。
「折紙くん…」
 応えるキースの声はどこか夢でも見ているようにぼんやりとしていた。
「だから、あの!」
 唯一の目撃者によれば、イワンがキースに飛び掛ったように見えたそうだ。そして、イワンは両手でキースの肩を掴むと力いっぱいに押していって、ロッカールームの中へ消えた。
「……って、おい!」
 閉じたドアとただならぬ後輩二人の様子に、目撃者――アントニオは声を上げたものの動けなかった。
 ドアノブに手をかけたものの、なぜだかそれを回す気になれない。深呼吸を繰り返す。
「入って…いいのか……?」
「ちょっとぉ、バイソンちゃん! ひどいじゃない!」
 エレベーターから飛び出してきたのはネイサンだ。
「あたしの鼻先で《CLOSE》のボタン押したでしょ! 折紙ちゃんと二人だけでさっさと上ってきて!」
 どうやらエントランスロビーで同じエレベーターに乗りそびれたようだ。
 言葉ほど怒っているわけではなさそうだが、ネイサンは顎をツンと天井に向けて言い募った。
「悪ぃ悪ぃ、あれはボタン押し間違えたんだよ。開けてやろうとして…」
「ボタン間違えるなんて、ボケてきたんじゃないの?」
「悪かったよ。ほら見ろ、今度は俺が締め出されたぜ」
「え? 何それ?」
 肩をすくめるアントニオに、ネイサンはきょとんとした顔になる。
「折紙だよ。あいつ、ロッカールームから出てきたスカイハイをとっ捕まえて」
「捕まえた?」
「スカイハイが何かごにょごにょ謝ろうとしてんのを遮って、折紙のほうはお礼じみたことを叫んでだな」
 アントニオの手がロッカールームのドアに向けられる。
「…で、スカイハイのこと両手でこうグイグイ押しながら、中に……って、痛ぇ!」
 説明しながら軽く握った拳でドアを叩こうとすると、その手首にネイサンの指が食い込んだのだ。
「離せよ、何すんだ」
「……静かに」
 ネイサンはベテラン刑事じみた迫力で同僚を黙らせると、ロッカールームのドアにぴたりと耳を押しつける。
「……聞こえないわぁ」
「だから何をだよ。お前も入りゃいいだろ」
「バカねぇ、駄目よ。ああもう、アンタってデリカシーないわよね」
「何でだよ、意味がわからねぇ」
「……聞っこえないわぁぁ」
「だーかーら、何を聞こうとしてんだよ」
 ネイサンはため息をついてドアから耳を離した。
「ねぇ、バイソンちゃん。お茶にでもしない?」
「おいおい、トレーニングに来たんじゃないのかよ」
「30分もすれば色々と丸く収まってるでしょうから」
「丸く、ってあいつら喧嘩でもしてたのか? そういう柄じゃねぇだろ」
「喧嘩じゃなくて、その逆かもよ」
 ネイサンはふふっ、と唇に笑みを刷いた。
「ああ? この時間からコーヒーってのもなぁ」
「じゃあ、一杯いきましょうか? ちょっとした店、この間見つけたのよ」
「飲んじまったら、今日のトレーニングはサボりだな、こりゃ」
「タイガーちゃんたちも呼ぼうかしらね」
 二人は踵を返し、いま来たばかりのエレベーターへと廊下を戻っていく。
 ネイサンは一度だけ、まだ名残惜しそうにロッカールームのドアを振り返ったが、こっそりとウインクを贈っただけでフロアをあとにした。

Have a nice weekend !!

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Posted on 2013/08/28 Wed. 23:01 [edit]

category: SS(空折)

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