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空折 「初恋の話をしよう。」 

キースさんが話してます。

初恋の思い出話ですが、ハッピーエンドなはずです。
ちょこっとSFっぽい…ような、そうでもないような。

メカとか出てくるバリバリなSFも好きですが、ちょっと不思議系な話も好きです。


・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

「初恋の話をしよう。」


ん? どうもしていないよ。その花はそこに活けたんだなと思ってね。
この間、寝室の枕元に活けてあったのと同じ花だね。へぇ、庭から?
竹で出来たフラワーベースかな、それはいいね。花とよく合っているし。
ああ、竹じゃないのか。それは磁器なのかい? 竹の形をしているだけ? 面白い。日本のものかい? うん、クールなセンスだ。
持って行くかって? そんなに切ってしまったら、きみの庭からその花がなくなってしまうだろう?
えっ、ふぅん…本当に? 庭からはみ出していきそうなほど増えてしまっているなんて知らなかったよ。
乾燥に強くて繁殖力が旺盛なのかい。そうは見えないね。とても可憐な姿形をしているのに。
あとで庭に下りてみても構わないかな。そういえば、きみの家の庭をゆっくり眺めたことはあまりないから。
……そうだね、ありがとう。

変だって? そうかな。この花かい? いや、そんなことはないよ。
うぅ…ん、実を言うとあることを思い出してしまったんだ。
花にまつわる思い出というわけでもないんだけど……どうしようかな。ああ、そうだね、言いかけてやめるのは良くないな。
気恥ずかしいんだけれど、まぁ何というか……いわゆる初恋の話なんだ。
え、あれっ、どこに行くんだい? ええと…どうしてそんなにキチンとセイ…正座だっけ、そんな恰好になってるんだろうか、きみは。
困ったな、そんなに背筋を正してくれなくてもいいんだけどね。

だってミドルスクールの頃の話なんだよ。
マトモに言葉も交わさないうちに終わってしまったようなものさ。
甘酸っぱい、…というより、これは自分でもよくわからないような、ちょっとおかしな話でね。
まぁ聞いていてくれたらわかるよ。
そう、その人と出会ったのは確かにミドルスクールの校舎の中だった。
曖昧な言い方だって? そうなんだ。そうとしか言いようがなくて。
相手は講師かスタッフの大人なのかって? まぁ、いいから聞いていて。足は崩していいから。

あれは、夏に近づいていく季節だったな。空が一日一日、青さを増していくような頃のことさ。
うん、話していくとどんどん記憶が甦っていくものだね。
ランチタイムはまだかと集中力が切れる時間帯だった。苦手な外国語のクラスなのもあってね、ランチタイムが恋しくて仕方がなかった。
何を間違ったか、その学期では外国語を選択するときにラテン語を選んでしまったんだ。幾ら自分でも気の迷い加減にほとほと嫌気が差したよ。
それで、何の気なしに窓のほうに顔を向けた。

ラテン語の授業で、私が座ることになっていたのは窓際の席でね、少し離れたところに大きな木が立っていた。
その季節の正午前になると、大きな木の影が射してきて、私の横のガラス窓を少し薄暗くさせるんだ。
夕方になって部屋の電気をつけてから窓を覗くと、ガラスに自分の姿が映るだろう? 外のほうが暗くて、部屋の中が明るいから。
あれと同じで、ミドルスクールの私の席の隣のガラス窓には、その時期のその時間、私の姿が映るはずだった。
それがね、別の誰かがそこにいたんだよ。

あっ、今笑ったね。いや、本当さ。
木登りをしていたお転婆な女の子かって? 違うよ。
窓には、机についた私自身がこっちを見返してくるはずだろう。それがね、少し年上の、背格好も違う誰かがこっちを見ているんだ。
ホラーだって? ええ、どこがだい? 怖い要素なんて全然なかっただろう?
大丈夫だよ、不気味な展開になんてならないから。

自分ではない誰かが、窓に映った。きみならどうする? そうだね、私も確かめてみようとした。
まず一度、教室の中へ視線を戻して…全然もう見る気もないホワイトボードなんて眺めてみたりしてね。
それから自分の首から下を見たよ。気に入ってるTシャツにジーンズ…あの頃から変わらない恰好だな、それに机の上に教科書を立ててみて……。
この恰好の自分が窓には映るはずだ。よし、って一つうなずいてから、また首を窓のほうへ向けた。
うん、やっぱりいる。どう見ても自分じゃない人だ。
私と同じように、向こうも頭から胸より少し下くらいまでが映っているんだ。同じような位置に。
だけど顔形も違うし、自分より少し歳が上に見えるし、着ているものも違う。机の上に立てたはずの教科書も窓には映っていない。

私は慌てて自分の膝の上に視線を落としたよ。
どうしよう、って思ってね。
なぜだか怖いとは思わなかったな。ホラーだ、ってさっききみは言ったけど、その人がおっかない顔をしてみせたりしたわけじゃないから。
そういえば、どうしてホラー映画に出てくる幽霊っていうのは、初対面の人にいきなり凄い形相をして見せたりするのかな。
ちょっとばかりあれは失礼だって気がするよ。
ああ、そうそうミドルスクールの私の話に戻ろうか。
向こうに映っている人は、あれっ? みたいな顔はしているものの、あちらもあちらでビックリ仰天って反応じゃなかったんだよ。不思議とね。
そう、その時の私は、他の人に見られてはマズイと思ったんだ。それで慌てた。
他のクラスメイトやラテン語の先生が、窓の向こうの人に気づいたらいけない、と何故だかそう思った。
どうしてかな。

もしかしたら、すでにその時、一目惚れしてしまっていたのかもしれない。
その人は、今まで見たことがないくらい整った顔立ちをしていてね。
映画の中くらいでしか、あんな美人に会ったことはなくってね。
薄暗いから色合いはよくわからないんだけれど、息を呑むくらい綺麗な人だった。
まぁ、窓に映っているなんて、TVや映画のスクリーンと大差ないのかもしれないけれど……
とにかく、誰にも見せたくなかったんだろうな。自分だけの秘密にしたかった。
そうでなかったら、私のことだ、ねぇみんな見てくれって大声をあげて授業を中断させたんじゃないかな。

おや、面白くなさそうな顔をしているね?
そんなことあるだろう? 止めようか。その人とは特に何もなかったわけだし。
そうだよ。言葉も交わさなかった。だって、窓に映った人だよ?
そうかい? お話として気になるから聞いてくれるんだね。
うーん…だったら、その膨らんだ頬とか、尖った唇をもうちょっと…ごめんごめん。
じゃあ続けるよ。

もう一度、私は窓のほうを向いた。それが三度目だね。
今度は、しっかり細部まで見てやろうという気分だった。
まずその人を、それからその背後をじっと見つめた。
その人は見れば見るほど綺麗な人で…まぁそれはいいか。
背景は真っ暗で、よく見えなかった。奥行きがあるようには見えたかな。
向こうも、こっちをよく見ようとしているみたいで、ごしごしと目をこすっていた。
その仕草も何だか可愛らしくて…ええと、そうじゃなくて、もしかして向こうからこっちはよく見えていないのかな、という気がした。

私は思いついて、手元のノートに『KEITH』と書いてみた。
一ページを丸ごと使って、大きな字でね。
そして、隣や後ろの席のクラスメイトに見咎められないようにこっそりと、だけどしっかりと自分の胸の前にノートを当てて、窓に向けた。
そうしたら、その人は《ああ!》って言うみたいに唇を動かしてね。
残念だけど、やっぱりその声は聞こえてはこなかった。
クラスメイトの誰かが教科書を朗読している声だけが教室に響いていたんだけど。
私はペンを取り上げると、ノートに書いた『KEITH』の文字の上に矢印を付け加えたよ。上向きの矢印を。ちょうど自分の顎に届くように。
窓に映った人は、笑ったんだ。微笑んでくれた。そうそう、ってカンジにね。
愛想笑いじゃない、親しげな笑みに見えたよ。
それから唇が、《キース》って動いたんだ。字を読んでくれた。私の名前を呼んでくれたんだ。

私の名前を知ってくれたら、次に相手の名前を知りたくなるだろう?
どうしてだか、その人は幻覚だとか幽霊だとか、そういう類いの人とは思えなかった。
私は『KEITH』の文字をなぞった指をゆっくりと自分に向けた。そして、その手を開くと窓のほうに差し出した。
あなたは? って尋ねたつもりでね。
向こうもこっちの意図に気づいてくれたみたいだった。ハッとして左右を見回していた。それから、フッと姿が消えた。
私は叫んでしまいそうだったよ。行かないで、って。
でも、その人は姿を消したわけじゃなかった。
こっちと同じような位置に頭から胸までが映っていた、って説明はさっきしたね。だけど、向こうは椅子に座っているわけじゃないようだった。
窓ガラスに後頭部と背中がかろうじて映って、それが少し動いていた。
ほら、今の私たちのように、床に直接座っていたらしかった。頭を下げて、床の上を何か探そうとしているみたいだった。

すぐにその人は元通り座りなおした。そして、申し訳なさそうに肩をすくめて見せた。
私のほうに指を指して…たぶんノートのことを指したのかな、今度は顔の前で手を振る。筆記用具がないんだ、って私は理解した。
わかった、とばかりに私はうなずいて、ここに…いや、そこに、だね…いてほしいって、こう…広げた手を床に向けるようなジェスチュアをしたよ。
窓の向こうでその人は大きく顎を引いてくれた。私はホッとした。

だけど、私の幸運もそこまでだった。
教室の壁に取りつけられたスピーカーが大きな音で終業のブザーを鳴らしたんだ。
わぁっと歓声があがって、まわりじゅう一斉に立ち上がる気配がした。
誰かが、私の顔の横の窓を開けた。
私は驚いて立ち上がったよ。
窓枠を必死に押さえるなり、そのクラスメイトの手を振り払うようにしてもう一度、急いで窓を閉めた。
何も映っていなかった。愕然とした顔つきの自分以外はね。
後ろから覗きこんでくるクラスメイトの心配そうな顔が見えたよ。
何か落としちゃったの、って訊かれたんだったかな。
私は何でもないと答えたはずだ。ごめん、驚かせて。何でもないんだ、って。

その日、上の空でランチボックスを広げながら、私はもう一度あの人に会えないか…そればかり考えていた。
外国語の授業でしか、あの教室のあの席に座ることはなかったんだ。
その日の放課後、そっとあの席へ行ってみたよ。だけど、放課後ではあの席に木の影は重ならないんだ。校門から出ていく生徒たちの姿が見えるばかりだった。
そうなると、俄然ラテン語の授業が楽しみになった。現金なものだね。
といっても、昼休みの直前にラテン語の科目があるのは週に一度きりだった。
だから、あの人と会えるチャンスも来週までお預けさ。

私はやきもきしながら、でも頭を働かせたよ。
ミドルスクールの、さほど成績もよくない、ぼんやりしてるって度々怒られる少年にしては、よく思いついたと思うよ。
訊きたいことをね、あらかじめノートに書いて持っていったんだ。
それも二者択一みたいな質問形式にしてね。
そうしたら、翌週は朝から雨が降っていた。
まさか、と思ったけれど嫌な予感は的中してしまった。
雨粒がひっきりなしに当たる窓は、授業の最初から真っ暗だったけど、幾ら待ってもあの人が映ることはなかった。

ショックだったね。あまり呆然としてしまって、授業が退屈かなんて気に留める間もなかったほどさ。
でも、仕方がない。私は気を取り直して、翌週の授業に備えた。
何を尋ねたいかよくよく考えて、手際よくインタビューできるように自分の家で何度も練習したんだ。
そして、次の週がやってきた。
よく晴れた日だった。
大きな木の影が、ランチタイムを待つ教室の窓にそっと到達した。
チラチラと横目で窓ガラスを確認していると、またあの人がそこにいた。
だけど、私は嬉しがる前に驚かされることになった。

こっちは夏なのに、向こうはどう見ても冬の恰好をしているんだ。肩に羽織っているのがニット製品みたいでね。
その人は、私に気がつくと顔を覚えてくれていたらしくて、嬉しそうに笑って手を振ってくれた。
私も嬉しくはあったのだけど、まず訊いておかなきゃいけなかった。考えて持ってきた質問は後回しだ。
ノートの新しいページを開くとこう書いた。
『あれからどれくらい経ってる?』って。少し考えると、その下にこう付け足した。『三ヶ月以上?』
それを読むと、窓の向こうでは素早く顎が沈むのが見えた。
それから、顔の前に持ってこられた手の指が折られていった。親指から始まって、二本…三本…ゆっくりと小指まで畳まれるのを私は眺めていた。
今度は畳んだ指を全部広げて、その人は顔の横に並べたよ。
唇が動いた。《五ヶ月》……ファイブ、って唇が動いたんだ。私は愕然とした。

こっちは二週間でも、向こうでは五ヶ月も経っているんだ。季節が変わっている。
ポカンとする私に向かって、その人は人さし指を一本立ててみせた。次に右手を全部広げて、その隣の左手は親指だけを折って、次に……
何がしたいのか、二順目くらいに私にもわかった。年だ。現在が何年か、その人は教えようとしてくれていた。
それを見て、私はますますショックを受けた。
窓ガラスの向こう側は、どうやらミドルスクールに通う私よりずっと未来の世界なんだ。
私は思わずうつむいてしまった。

こっちで二週間経つうちに、あっちでは五ヶ月もの時間が過ぎてしまう。
これではいつ会えなくなってしまうかもわからない。
そう、ミドルスクールは二週間後には夏休みになってしまうんだ。
秋になったら、下手をしたら窓の向こう側はもっともっと時間が経ってしまうかもしれない。
そうしたら、今日の次、なんてチャンスはないのかもしれない。

急に涙がこみ上げてきてね。
だけど、恐る恐る顔を上げたよ。
そうしたら、窓の向こう側でその人が心配そうな顔をしていたんだ。
唇が動いていた。K-E-I-T-H。私の名前を呼んでくれているのがわかった。
その時に気づいたんだけれど、どうやら向こうも窓辺にいるらしかった。
窓に手をかけて、その人は私の名前を心配そうに呼びかけてくれている。

私は気を取り直した。
事実は事実だ。どうしようもない。
それに、その人が告げた年というのは、何百年も先というわけではなかった。
十数年先だったけれど、事故にでも遭わなければ余裕で生きていられるような未来だ。
私は無理矢理にでも笑顔を見せると、用意しておいたノートを広げた。
そこはどこ? とまず訊いてみた。嬉しいことに同じ国だっていう。
前にも言ったけれど、その人は絶対にこの現実に存在しているっていう根拠のない確信があったんだ。それが証明されたと思った。
それなら、会いに行ける。私には十数年後でも、その人にとっては私との再会は明日のことかもしれない。

そうそう。今度は先に、アルファベットを全部並べてノートに書いて行ったんだ。
前の週に雨が降らなかったら思いつかなかったよ。
しかも5列の6行だったかな、四角く並べたアルファベットの上に赤と青で数字を振っておいた。
向こうが、Aと言いたかったら1の1…Bなら1の2って指で示してもらう。
声の出せない人との意思疎通を図る、ってTVのドキュメンタリーか何かで見たのさ。
このやり方で、私はその人の名前を聞き出すことに成功した。
聞き出した名前をノートの別のページに書いて見せて、声には出さずに何度も名前を呼んだよ。
それを眺めながら、とってもくすぐったそうな顔で笑ってくれた。
あれは嬉しかったな。
長い会話は無理だったけど、あとは…そうだな、その人の住んでる街の名前を訊くことができた。
終業のブザーと教室のざわめきとともに、その日もまた、その人を見ることはできなくなってしまったんだけれど。

どうしたの? おかしな顔をしているね。
街の名前? もちろん書き留めたよ。その人の名前を書いた次のページに。
家に帰って調べてみたんだけど、この国にはそんな名前の街はなかったんだ。当時はね。
それで、私はその街の名前のことを、いつしか忘れてしまった。
忘れてしまったというか、忘れようとしたんだ。
その人に会えなくなってしまったからと…もう一つ理由があってね。
この話は、もう少し続くんだ。
……その人に最後に会った日のことだよ。

次の週のラテン語の授業がやってきた。
私は意気揚々といつもの席に座ったよ。
大きな木の影が私の隣にある窓まで伸びて……その人の姿を、私は待った。
待ちわびた姿が、窓の向こうに現われた。
見えたのは、その人の後姿だったよ。
振り向いてほしい、早く振り返って……そう何度も心の中で唱えても、ちっとも叶わない。
もう少しで窓ガラスに拳を打ちつけてしまいそうだった。
だけど、気がついた。その人は誰かに話しかけていたんだ。顎が動いたり、首を振ったり、肩が動いて笑っているのがわかるんだ。

その人は、いつもと同じく、頭から胸より少し下くらいまでが映っているんだ。私と同じような位置に。
今の私たちみたいに、床に直接座っているらしいことは、最初に会った日…書くものを探そうとしてくれたときにわかった、って言っただろう?
その日、その人が床に座っていることが、再確認できた。
背後から別の人物が姿を見せたんだ。
肝が潰れるっていうのは、ああいうのをいうんだろうな。私は飛び上がりそうなほど驚いた。
誰かの足が急にフェードインしてきたんだからね。膝が見えたんだよ。剥き出しの膝と脛、それから腿が少し。
座っている人の横を誰かが歩いてきた。それから、足を止めた。

あの人は、こちらに後頭部を向けたままだった。
今やって来た誰かをじっと見ているらしい。心なしか顔が上を向いている。
初めて見る誰かは、あの人の前に座り込んだみたいだった。
ほんの一瞬、胴体も顔も私の視界をよぎったのだけど、人相まで確かめることはできなかったよ。
誰かは、大人の男性だということはわかった。その日、ミドルスクールの私が着ていたような白い半袖のTシャツとキャンプにも穿いていきそうなハーフパンツが見えた。ということは、季節はまた冬から別のものに変わっていたんだ。
それに、十代のはじめの私よりずっと太い手や足がそこから伸びているのも見えた。
その腕があの人の背中に巻きついた。あの人の腕もその誰かの背中に回された。二人の顔が重なっていた。

私は……ミドルスクールのラテン語の教室で窓辺の席についた私は、冷や水を浴びせられたような気分だったよ。
窓ガラスに映るあの人は、私より年上だった。恋人がいても不思議じゃない。
それに、こちらの二週間があちらの五ヶ月だったら、私のことを忘れてしまうことだってありうる。
この間と同じ速度で時間が過ぎたのだとしても、こっちの一週間は向こうでは二ヶ月半経っているし、二ヶ月半も毎日あの窓を向こうが気にしてくれているなんて、私の思い上がりだった。
家に呼んだ恋人のことで頭がいっぱいで、今、彼と抱き合っている窓ガラスにたった二回映った子どものことなんて、もうすっかり脳の奥の奥に追いやられてしまったんだ。
こちらがまた会えるかもしれないと、期待に胸を膨らませているなんてことは忘れて、授業中の生徒に覗かれるかもしれないなんて考えもしないで、私の見知らぬ誰かと抱き合いながら激しくキスをしていた。
あの人の手が恋人の背中から離れたのが見えた。
私は息を飲んだ。だって、その腕は真っ直ぐこちらに向けられたんだから。

だけど、その指が差したのは、私のいる方向であっても私のことではなかったよ。
カーテンさ。
カーテンを引いてほしい、って恋人に頼んだだけだった。
いま気がついたんだけれど…とすると、私はいつも正午前にあの人に会っていたけれど、あちら側は昼日中じゃなかったのかもしれないね。
彼は体を離すと、あの人の頬にキスを贈って、それから膝立ちの恰好で窓ににじり寄ろうとしてきた。
私は咄嗟に机の上に顔を伏せたよ。

音は聞こえなかったのに、ひどく大きな音がしたような気がした。
聞きなれた、カーテンが閉まるときのあの音。カーテンレールが鳴る、あの音が。耳元でね。
ジャッ、っていう普段なら鋭いとも思えないような音に、私はなぎ倒されたような気分だった。
喉元まで何か重いものがこみ上げてきたような感じがして、頭の中では音ともいえないような音がガンガン響いている。
鼻の奥がツンと痛くて、目はしっかり開いているのに何もかもよく見えないみたいなんだ。
膝の上で手が震えていた。その手をぎゅっと握って、首をそろそろと横に向けてみた。
木の影に入った窓ガラスには、泣き出しそうな顔の自分自身が映っただけだったよ。

次の週…夏休み前の最後のラテン語の授業は、人生初のサボりを決め込んだ。
といっても、頭痛がすると医務室に行っただけだけど。
医務室は、あの教室の真下だったんだ。もちろんあの木の影になる。
寝心地のよくないパイプベッドに腰かけて、あの木の影に入った窓ガラスを恐る恐る眺めてみたのだけど、あの人は姿を現さなかった。
新しい学年では、外国語の授業はスペイン語を選択したよ。
途中からだと大変だなんて皆に脅かされもしたけれど、近所にスペイン語が流暢なご夫婦がいてね、夏休みの間にコーチしてもらったんだ。
あの教室のあの席に座ることは、それからなかった。
私はあの窓に映ったあの人のことは、忘れようと努めた。そのうちに本当に記憶にのぼらなくなっていった。
いつか会おうと思っていたはずなのに、やっぱりあれは白昼夢だったのかな、と自分を納得させたりしてね。
だから、この話はこれでおしまいさ。

あれ、その顔は何だい?
耳まで真っ赤だけど、ロゥティーンだった私が見たラブシーンのところかな。そんなに過激な描写をした?
ん? おしまいじゃない、っていうのは?
いつから? はじめから、って何のこと…い、痛い、痛いよイワンくん! ひどいな、ポカポカと! 私はサンドバックじゃないんだから。お願いだから、落ち着いて。
……っ、ははは、駄目だ、降参するよ。うわ、だから暴力はいけない! それに、私だって気がついたのはつい最近なんだ。

そんな顔しないで。……これでも駄目? ……ん? ……オーケイ? じゃあ休戦といこう、ね?
十数年前のことを思い出したのは、本当につい最近だよ。
そこに活けてあるその花。この間、私をここに泊めてくれたとき、寝室の枕元にも同じ花を活けてあっただろう。
あの日…あの日っていうのは、夏休みを前にしたミドルスクールの授業中だけど、あの日の私も憧れていた人の背後にその花をチラッと見ていたんだ。
きみの寝室で目を覚ました朝、あの花を見つけて何か記憶に引っかかるものを感じて……それから蔓を手繰るように記憶が繋がっていった。
木の影になった教室の窓ガラスに映っていたのは、この家の…きみの寝室の一番端の窓、というかガラス戸だった。

きみも思い出してくれたみたいだね。そう。もう今から半年くらい前かな。
イワンくんが私の夢を見た、って話してくれたことがあっただろう?
そう。起きる直前に見た夢だって。キースさんが僕より年下みたいなんです、って。紙にアルファベットを書いて、僕の名前や住んでるところを聞くんですって。
その半年くらい前にも似たような夢を見たかもしれません、なんて。
変にリアルな夢だった、って言ってたね。朝の寝覚めがものすごく悪いきみが、ね。
あの頃は、まだ二人がこんなふうになる前で、きみは確か、先輩後輩の立場が逆だったらなんて不遜なことを考えてしまうのかなぁ…なんて自己分析して、しきりに反省していたけど。

この間の、きみの家から帰って行ったあとにね、実は母親にメールをしてみたんだ。
ガレージで、これこれこういう箱の中を探してくれないか、って。
私の母って人は、私に輪をかけて鷹揚というか…そのメールの返事が今朝になって電話で返ってきたんだけどね。
これどういうことなの、ってまぁ驚いていたよ。それは仕方ないかな、ロゥティーンの頃の息子の字でノートに『シュテルンビルト』の大きな文字を見つけたら驚くさ。
あの当時はまだ存在していなかった…そして今の私が天職を見つけた街の名前だからね。
メールを寄越した日も今日もエイプリルフールじゃないわよね、って繰り返していたよ。

ただし、ノートの他のページにアルファベットが四角く並んだものとか、『KEITH』だの『IVAN』だの書いてあるのを見つけただろう?
あれが変に想像力を刺激してしまったらしくて、まさか子どもの頃に降霊会でもやっていたのかなんて言い出してね。どうやら近所に住む祖母にもあのノートを見せたらしいんだ。祖母の入れ知恵だよ、きっと。
お前は無事みたいだからいいけど、こっちのイワンってお友達は今どうしてるの、健康に暮らしてるのかしら、だなんて。祖母が教会に頼んで悪魔祓いの神父さんを派遣してもらおうとか言いだしているんだとか……
ああ、笑いごとじゃないよ、イワンくん! きみが心配されてるんだから! エクソシストがきみのところに来るかもしれないのに!

……機嫌が直ったみたいでよかったよ。
今思い返してみても、あれは不思議な体験だったな。
教室の窓ガラスと十数年の時を隔てた、イワンくんの家の窓ガラスが繋がっていた、なんて。
もしかして、あのラテン語のクラスにNEXT能力を持ったクラスメイトがいたのかな。
昔の言い伝えに、銀貨を咥えたまま泉を覗くと運命の人が見えるだとか…そんなのがあった気がするけれど、どちらかというとそっちなんだろうか。
それにしても、当時の私は随分と柔軟な頭をしていたな。
きみの寝巻き…ええと、ユカタを見ても別の国の人なんだろうとしか考えなかったんだから。
その次には未来人だって言われて、その頃にはそういう服装なんだって勝手に納得してね。
だって、全然別の国の、どちらかといえばトラディショナルな衣装なんだろう?

こんな種明かしが出来る日が来るなんて驚きだ。それも本人相手に。
きみはきみでリアルな夢だと思って忘れてしまうところだったし、私も失恋の痛手でこのまま記憶を封印しておくところだったし。
どうしてそこで笑い出すんだい?
十数年経ったけれど、あれは本当に体のどこもかしこも痛みを伴う体験だったんだからね。
それがまさか、自分自身に嫉妬していたなんて、思い出したときはさらにガックリと疲れ果てたというか…笑えなかったよ。
この間、きみがカーテンを引いてって頼んでくれてよかった。そうでなければ、子どもだった時分の私にトラウマになりかねないシーンを見せつけるところ……わぁ! 駄目だって、ザブトン攻撃はいけないよ! それは振りかぶるものじゃないだろう?

今日のきみは笑ったり怒ったり忙しいな。
え? いやいや、それは違うよ。シュテルンビルトでイワンくんと会っても思い出さなかったってそれはだね、言ったじゃないか、思い出さないように努力をして、夢だと思い込むようにしたんだって。
だけど、きっと封印したつもりでも、きみの面影をずっとずっと探し求めていたんじゃないかな。
……調子がいいなんて、そんなふうに言わないで。頼むから。
まさか十何年ぶりにまた、私に失恋の痛手を味あわせたいわけじゃないだろう? こっちを向いてくれないかな。
……そう。……うん、大好きだよ。
きみより幼かった頃から、ずっとね。
ねぇ、初恋は実らないなんて世間では言われるみたいだね。
自分では稀有な成功例だと思ってるんだけれど。どうかな。
そうかい? きみも?


《 END 》

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Posted on 2013/05/27 Mon. 00:01 [edit]

category: SS(空折)

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