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空/折 R18 「Not First !!」  

初Hするとかしないって話なのでRってつけましたが、さほどEROくはないです。
ギャグなテイストです。

スパコミで周りの方が「来週はインテ♪」とおっしゃっていて、
楽しそうだなぁと思い、本になる分量くらいのSSを上げたいわ、と。

…って、これ上げた時点で閉会してそうですが、気分は無配だと思ってください(笑)。
  ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★

Not First !!


 ジャスティス・タワー中層階。
 会議室の並ぶフロアの廊下に置かれたベンチに腰を下ろした人物は、カーペットまで届かない足をぶらぶらと揺らせていた。
「ねぇ、ナサニエル、いまから私が言うことを聞いて、よく考えて答えてほしいの」
 隣に座ったソーシャル・ワーカーの女性が優しげに話しかけると、まだ小学校にあがっていないような小さな男の子は首を縦に振る。
「うん、いいよ」
「ありがとう。今日あなたはママと一緒に怖い目に遭ったわね? ママを守ろうとしたこと、とっても偉かったわ」
「うん…」
 その瞬間の恐怖を思い出したように、男の子は小さく身震いした。
「ああ、もう大丈夫よ。悪い人たちはヒーローが捕まえてくれたもの。ねぇ、そのときにあなたはワーッと叫んだら体が青白く光ったでしょう。覚えてる?」
「ちょっとだけ。だって、すごくびっくりしたから」
「そうね、びっくりしたわよね。ああいうこと…体が青白く光って何かの力が出たみたいだったけど、ああいうことは前にもあったのかしら?」
「ううん、なかった。はじめてだもん。ああいうの、今までしたことない」
 男の子は大きくかぶりを振った。宥めるように女性がその腕をさすってやる。
「あなたに何か変化はあった? ほら、他のヒーローみたいに」
「わかんない。ないと思う。僕も炎とか電撃とか出たらよかったのに」
「それならいいの。今日、あのときは…何を考えてたの? どういうふうになればいいなって思った?」
「うーん、ママがかわいそうって。やめて、って」
「そう。わかったわ。ママを守ろうとしたのね。すごく勇気があるわ。色々答えてくれて、どうもありがとう」
 彼女は笑顔を小さな男の子に、そして背後で控えていた彼の母親に向けた。
「ご協力、ありがとうございました。とっても勇敢な息子さんですね」
 涙ぐみながらうなずいた母親に男の子が駆け寄り、二人はお互いを抱き締めあう。
 母と子の感動的な光景から視線を外すと、ソーシャル・ワーカーの女性は顔を曇らせてそっと首を横に振った。
 廊下の奥で彼女と向かい合ったヒーロー管理官、ユーリ・ペトロフは同じように、いや女性よりもさらに陰鬱な表情を浮かべる。ただし、こちらの曇り顔は普段と変わりないのだが。
「……情報なし、ということですか」
「本人は初めての能力発動だと認識しています。母親を守ろうと強く思ったことしかわかりません」
「といっても、何も起こりませんでしたね」
「ええ。男の子の体が発光したことはTVカメラも捉えた事実ですが、当人も自覚はないようですし……」
「周囲にいた人々も、何かしらの変化を感じた人物は一人もいなかったようです。今のところは」
 二人はそれぞれにため息をこぼした。

  ★ ☆ ★ ☆ ★

 いまから数時間前。
 うららかな午後の街中で強盗グループの逃走劇が繰り広げられていた。
 この街がシュテルンビルトである以上、そこには警察だけでなくヒーローたちも含めた追跡チームと、HERO.TVの取材クルーを乗せたヘリやトレーラーも犯人たちの後を追うことになった。
 逃走が叶わないと知った犯人のうちの一人は、盗難車から飛び降りると、路肩で立ち竦んでいた女性に向かって手を伸ばした。
 それが、先ほどソーシャル・ワーカーから質問を受けていた、小さな男の子の母親だ。
 一般市民が人質になれば事態は困難を極める。犯人の意図を阻止するために、ヒーローたちが次々とNEXT能力を発動させながら飛びかかった。
 見知らぬ男によって乱暴に母親から引き離された男の子は絶叫した。声にならない、魂を絞り出すような叫び。それとともに彼の体は青白い輝きに包まれたのだった。
 廊下の隅で立ったまま、ソーシャル・ワーカーの女性は質問する。
「どなたも体の変調を訴える方はいないんですか?」
「はい。警官や通行人にも大々的に呼びかけましたが、問題のある人は名乗り出ませんね」
 ペトロフは少し口を閉ざしたあと、付け加えた。
「男の子の一番近くにいたヒーローたちもです」
「それはよかったですわ」
 心からホッとした笑みをこぼすソーシャル・ワーカーに聞こえないほどの音量でペトロフはつぶやいた。
「……本当に何事もなければ良いのですが」

  ★ ☆ ★ ☆ ★

 彼らの頭上十数メートルの地点。
 同じジャスティス・タワーを数階上がったフロアで明るい声がこだました。
「――折紙くん!」
 その声に飛び上がりそうになりながら、イワンは素早く振り返る。
 そこには満面の笑みをたたえたキースが立っていた。
「スカイハイ…さん……」
「やあ、きみも検査が終わったところかい?」
「はい。あの、特にどこも…」
「よかった! 異常はないんだね? きみ自身も何もおかしな感じはしないかい?」
「だ、大丈夫です。スカイハイさんも…?」
 イワンが尋ねると、笑顔で『ああ!』とサムズアップでもしてくれるかと思った相手は、途端に周囲に視線を走らせる。
「ど、どうしたんですか?!」
 声を落とさなくてはならないような検査結果が出たのかと思い、イワンの心臓が跳ねた。
「いや…その……イワンくん、と呼んでも良さそうかな、と思ってね」
 こちらを振り返ったキースは、はにかんでそんな言葉を投げかけてきた。イワンの口から「うへぁ!」というような、不思議な発音の語句が漏れる。
「職場とか、では…ヒーローネームで呼ぼうって…あの……」
 実は二人は、数週間前から《おつきあい》することになった間柄だった。
 ヒーロー仲間はひょっとするとサラッと祝福してくれるかもしれないが、所属会社やスポンサーがどんな反応を示すかわからない。しばらくは二人が恋人であることを伏せておこうと話し合っていたのだ。それなのに。
「そうなんだが……」
 キースは言葉を濁すと、その顔から笑みが薄れていく。
「心配したよ。きみがあの男の子の一番近くにいただろう? イワンくんの身にまさか何かあったんじゃないかと……問診の間も上の空になりそうな自分をずっと叱っていたんだ」
 そこまで真正面から言われて感激しないはずがない。頬が熱くて顔を上げたくないが、イワンは思い切って半歩踏み出した。
「嬉しい…です」
「――イワンくん」
「キース、さん」
 ぎこちなく笑みを浮かべて潤む目を向けてくる恋人の手をキースは素早く取り上げる。
「あっ…あの…!」
 ファーストネームで呼び合っているくらいなら誰かに見られても『親しいんだな』で済むが、ここに誰かがやって来たらどう考えてもおかしい。イワンは慌てる。
 イワンは思わず手を手前に引こうとするが、がっちりと握りこまれていて動かせなかった。
「誰もいないよ。大丈夫」
「大丈夫…って、あの!」
「イワン、くん」
 さっきのイワンのささやかな半歩など、どこかに消し飛んでしまいそうな勢いでキースはイワンとの距離を縮めてきた。その腰に腕を回して自分のほうに引き寄せたのだ。
「……!」
 イワンは目を見開いた。口を開閉するだけで声にならない。
「きみに万が一のことがあったら…そう考えると、事件の収束からこちら、私は気が気ではなかった」
「それは…僕も、です」
「だから、私はもう臆病な自分からは卒業しなくては」
「臆病…なんて、そんな全然」
 この正義感に溢れた謹厳実直なヒーローの中のヒーローに《臆病》なんて言葉は似合わなすぎる。
 瞬きを繰り返すイワンにキースは薄い苦笑を返した。
「きみは《スカイハイ》のことを思い浮かべているんだろう? そうじゃない、私自身のことさ」
 何を言われているのかわからないという表情になるイワンに、キースはささやいた。
「もう十日くらい前かな。きみは私の家に来てくれたね。二人で夕食をとった」
「あ……」
「きみは夕飯の途中で寝息を立て始めたっけ。私がパトロールに出ている間じゅう、ソファで毛布をかぶっていて…」
「すっ、すみません、その日一日かかったTVの収録が…バラエティだったんですけど、クイズっていうかゲームっていうか、アクションもどきをやったりしてけっこうハードで、ですね…幾ら何でも失礼でしたよね」
「ねぇ、イワンくん」
 イワンの言い訳をする唇を人差し指の先で押し留めて、キースは尋ねる。
「ひょっとするとひょっとして…ああやって私の前で横になってみせたのは……あれは誘惑しようとしてくれていたわけじゃ…」
「ゆ?! ち、違います!」
 とんでもない単語にイワンは慌てて首をブンブンと横に振る。振りながら、そうか普通は恋人の家に行ってそういう隙を見せるのってそういう意味なのか、意味だよな、うわぁ今気づいたよ僕は、と驚きから段々と自分を罵倒する気分に陥っていく。
「そうだろうね。それはわかっていた。それでも、手を伸ばしてしまおうか、そうすればすぐにでも自分のものにしてしまえるのに……そういう浅ましい考えが頭から長いこと去らなくて」
「手を…ですか、あの、じ、自分の…もの、って…それってつまり……」
 あのとき、とつぶやいてキースは顔を下げると目尻を赤くした。
「自分を宥めるのに必死だったよ」
「なだ…っ、え、いや、そんな……ええ?」
 イワンは自分の耳を疑った。くたびれて眠りこけ、涎を垂らしていたかもしれないし、寝言や歯ぎしりだって聞かせたかもしれない僕に…この目の前の人は、自分を宥めなくちゃいけないような衝動に駆られたっていうんだろうか。
「あのときは、あれで良かったと思ってる。きみを不意打ちのような目に遭わせられないから。でも、さっきの正体不明のNEXTに遭遇したとき……あの瞬間、きみを手に入れておかなかったことを後悔したよ。強烈にね」
「手に入れ……って、ええと……ぼ、僕は」
 鸚鵡のようにキースの言葉を繰り返すループからは抜け出たらしく、イワンが小さく唇を噛んだ。
「僕的には、既にその…ぜ、全部…キースさんのものっていうか……」
「本当に? 嬉しいよ」
「ものって言い方はアレですけど、とにかく、何でもしてあげたいって…思ってます、けど……でもあの、大口叩いても、実際にはどうだかってカンジですけど……う…すみません」
 キースはクスリと笑う。
「ぜひ大口を叩いてほしいな」
「……ええと」
 穏やかに微笑まれてしまうと、今度は忙しなく視線をさ迷わせるイワンに、キースは話題を変える。
「今日これからと、明日の予定は?」
「念のために今日と明日は自宅待機だそうで」
「奇遇だね。私もだよ」
 小さな男の子が放ったものとはいえ、正体不明のNEXTを浴びたのだ。当然の措置だろう。
 ねえイワンくん、とキースがささやく。
「今夜、一緒に過ごしては駄目かな」
「ふわぁ」
 解読不能の音を発するとイワンは動きを止めた。
 今この流れで一緒に過ごすっていうのはつまり、そういう意味なわけで…誘惑だとか自分のものだとか…つまりそういう行為を今夜……今夜……。
「あれっ」
「え?」
 唐突に驚きの声を上げたイワンに、キースも釣られてキョトンとした顔になる。
「……ああ、何か用事があるのなら仕方がないけれど」
「用はないです。暇です。あの…了解しました、っていうか、だからその」
「キスしても?」
「……だっ」
 どこかのベテランヒーローのような声を上げたイワンの鼻先に、ほんの一瞬、キースは唇を押し当てる。
「一度会社に戻らないといけないんだ。あとで連絡するよ」
「は、はい」
 イワンは鼻の頭を押さえようとして頬が熱いと気づき、震える手のひらで自分に風を送る。
 嬉しくて仕方がないという顔で手を振りながら去ってゆくキースを見送り、イワンはぼんやりと考えを巡らせた。
 今日これから自分の身に起こるであろう出来事に、ではない。
――デジャヴュ…?
『今夜、一緒に過ごしてもいいだろうか』
 キースの声が脳内で甦る。しかも、ついさっきの発言とは語尾もリズムも、ほんの少しだが違う。
 そんな言葉いままで言われたことがないんだし、デジャヴュのはずがない。聞いたことがある気がするっていうなら、それは夢の中か妄想の世界だ。
 きっとそうだ。それ以外にない。
 ハッとして、イワンはかぶりを振った。
「うわぁあああっ、で、どうしようっ、どうしようぅぅうう」
 折り悪しく、その突然の絶叫を廊下をやってきたNEXTの専門医が聞きつけてしまった。やっぱり時間差でNEXT能力の被害が明るみに出たのではないかと危ぶみ、警備員を呼んでしまったりして、イワンの帰宅を小一時間遅らたのだった。

  ★ ☆ ★ ☆ ★

――その夜。
 幾度か訪れたキースの住まいだが、イワンがこの部屋に足を踏み入れるのははじめてだった。
 明かりを落としたベッドルーム。
 もうすでに随分と着乱れたタンクトップの裾から、キースの手のひらが這入りこんでくる。
 ゆっくりと脇腹を撫で、キースの指は裾をつまむと一気にイワンの頭の上までその布を引き上げた。
 タンクトップが床に放り投げられ、イワンは肩を押されるようにして、そっとベッドに横たえられる。
 背中に感じるシーツの感触。
 髪を梳かれ、現われた額にキースの唇が降ってくる。
「……は、っ」
 キースの手が肌を辿るたびに、びくりと体が跳ねてしまうのはどうにもできない。
 そんなふうにしたら、きっとこの優しい人は気に病むに違いないのだから。
 とはいえ、無意識の痙攣のような動きを押さえこもうとすれば、今度は体じゅうの筋肉に力が入ってしまったり歯を喰いしばってしまったりする。
「……イワンくん」
「うわ、あの…すみません」
 首筋を、肩口を手のひらでさすられて、イワンは視線を上げると申し訳なさそうに眉を寄せた。
「怖い?」
「怖く、ないです。…そのはずなんですけど」
 もっと近づきたい。一番近くにいたい。もっと触れたい。考えていたのは、そんなことだ。
 それなのに、実際のイワンの反応は頭の中とは正反対だった。
 赤ん坊の頃ならいざ知らず、誰にも触れられてこなかったような場所をキースの手が確かめるように触れていく。唇を捺されていく。
 リラックスとはほど遠かった。心臓が胸を破ってしまいそうなくらいドクドクと強く、早く打つ。
 大好きな相手を、たぶん満足させてあげられないだろうと感じることは怖い。
「私は、少し怖いかな」
「え?」
「きみを傷つけてしまわないかと」
「そんなこと」
 イワンは驚いた顔になって慌てて首を振る。
「平気です、絶対」
「できればこの夜を完璧なものにしたいよ」
「か、完璧ですよ」
 イワンの応えにキースは小さく笑った。
「そうかな」
「キースさんは……。僕が、変なだけで」
「どこも変じゃないさ」
「……わかってると思いますけど、あの、今まで、こういうことの…経験に乏しくて……」
 イワンは視線を逸らした。その頬をキースの指がつつくようにして、またわずかな反応を返してくれる恋人の唇にキスを贈った。
「あの……」
「頭の中の色々なことがどうでもよくなるまで、キスをするっていうのはどうかな」
「い…いい、と思います……」
 イワンは小さく顎を引いた。
 小さな笑いをこぼしつつ、キースの唇がイワンのそれと重なる。
 唇の重みと温度を分け合うように。
 角度を変えて重ねられる唇。
「うん。きみは完璧だ。すごく素敵だよ」
「キースさ…ん……」
 柔らかい唇の感触。触れ合う舌先に溶けてしまいそうな気分を連れてくる。
 それから――
 もうひとつ別のものが頭の中で形を取ろうとする。
 なんだろう? いや、考えないようにこうやってキスをして、いる、のに――
『怖いかい?』
 そろそろと腕を撫でさすってくれる大きな手のひら。
『夢中になってくれるまで、キスするっていうのはどうかな』
 額に、頬に、鼻の頭に、言葉どおり何度も降ってくるキス。
『きみは、すごく素敵だよ』
 今さっきの言葉と行為ではない。ほんの少しの違いだが、それでもやはり別物だ。
 妄想の類いでもない。これは、体験だ。自分自身の記憶。その違いは感覚でわかる。 
「……う、っ」
 イワンはぎゅっと目をつぶる。
「イワンくん?」
 キースが心配そうに声をかけた。
 イワンはゆっくりと目を開ける。ほんの一瞬のことなのに、その顔つきは何だかひどく険しくなっていた。
「はじめて…じゃ、ないです」
「えっ」
「僕…は、あの、はじめてするわけじゃない…です」
 キースは一瞬、口元を引き攣らせそうになったが、どうにか笑みをこしらえた。
「……言いづらいだろうに、そんなことを言わせてしまって――」
「違います!」
 イワンは鼻息荒く告げる。
「僕だけじゃないです、キースさんだって! だから、あの…!」
「わ、私かい…?」
 どうして突然、イワンが自分の経験の有無など話題にしたがるのだろうとキースは眉を寄せる。
「違うんです! あの! 僕ら、すでに一回…してるんです!!」
「え? 僕ら? 一回…何だって?」
「だから! ヤッてるんです! この二人で…ええと…セックス、を……」
「ええ?!」
「あの男の子のNEXTの発動のせいですよ、きっと! ああ、どうしよう!」
 キースの顔から表情が抜け落ちる。
 キースが落っことしたのは表情だけではなく、イワンを捉えていた手や腕もいっぺんに力を失ったらしい。
 イワンは呆然とするキースを押しのけると、サイドテーブルに置いておいた携帯電話を取り上げた。
「会社に連絡しないと…いや、それよりヒーローのみんなにだって言わなくちゃ…って、こんな時間だし…ああ、あのとき警察の人もいたんだから、これって通報しといたほうが……」
 半裸のまま頭を抱えるイワンの背中をキースはポカンとして見守るしかなかった。

  ★ ☆ ★ ☆ ★

 強盗犯から愛する母親を守ろうとした小さな男の子は、ひとつ嘘をついていた。
 犯人が母親の腕を引いた瞬間、彼は声の限りに叫び、その小さな体を青白い輝きで包んだ。
 彼にとってそれは、初めての能力発動ではなかった。
 自身のNEXTがどういったものであるのか、彼自身はよく理解していなかった。
 誰にも教えたことはないし、幼稚園の先生や家族の誰にもそれが何なのか訊いてみたこともなかった。
 彼の理解はただ一点、困ったことが起きると自分は何とか切り抜けることができる、ということだ。
 いままでにも、悪戯がバレて父親にとっちめられそうになったとき、お行儀の悪さを母親に叱られそうになったとき、大事な玩具をちょっと意地悪な姉に取り上げられそうになったとき……彼はNEXTを発動していた。
 するとその瞬間、自分を困らせていた相手は、まるで何もかもどうでもよくなったみたいに「あれっ、ナサニエル、そこで何してるの」とつぶやくのだ。そう、今まさに彼を叱ろうとしていたこと、意地悪をしようとしていたことなど忘れ去ったように。
 それは、小さな男の子にとっての、とっておきの切り札だった。
 だから美人なソーシャル・ワーカーの女性に優しく尋ねられても、彼は『ああいうの、今までしたことない』と嘘をついた。
 ちなみに、あなたに何か変化はあったのかしら、という質問に対しては『わかんない』という答えは正直な気持ちだったし、『僕も炎とか電撃とか出たらよかったのに』というのも男の子らしい本音だった。
 彼は、周囲の人間から短い期間の記憶を消すことが出来るNEXTの持ち主だった。
 今までは面と向かった家族の、数分から数時間の記憶を消去していただけだったため、誰の生活にも齟齬が生じることはなかった。
 父親が見ようと思っていたTV番組を見逃したり、母親がつけっぱなしだったアイロンで危うくブラウスを焦がしそうになったことくらいで済んでいたのだ。
 そう、これまでは。
 暴漢に襲われそうになった母を助けようという強い気持ちは、これまで以上の能力を発動させたらしい。犯人を捕らえようとしていた警官やヒーローたちの頭の中から、ほぼ24時間の記憶を吹き飛ばしてしまったのである。
 そのことが判明し、ソーシャル・ワーカーやヒーロー・アカデミーの教師などからなる特別チームが、まだ幼い男の子の両親とともに彼に自分の能力を理解させ、間違った力の使い方をしないように教育していくことになった。

  ★ ☆ ★ ☆ ★

 ジャスティス・タワー内のヒーロー専用のトレーニング・センター。
「一日分の記憶がなくなっても、案外どうってことないもんだな」
 アントニオがつぶやいて、周囲の皆を見渡す。
 お互いの状況を心配して、何とか予定をやりくりしたヒーロー全員が集合していた。
 強盗犯がNEXTを持った男の子の母親を人質に取ろうとして失敗し、全員が逮捕されたのが午後三時過ぎ。
 当日は、正午頃に強盗事件が発生した。午前中はそれぞれがオフィスに顔を出したりしていたものの、大した活動時間ではなかった。
 そこから約24時間を遡る。
 前日の午後と夜、やはり多少の長短はあったが、出動したヒーロー全員が『そういえば何やってたっけ』という気分になったらしい。
「お前はいいよ。気楽な独り身だから」
 虎徹が唇を尖らせる。
「俺は前の日の夜に、楓と電話したみたいなんだけどさぁ。スケートの試合に観にきてね、って言われたらしいんだけど全然記憶にねーの」
「記憶にないのにどうしてわかったんだよ。根性で思い出したのか?」
「いや。実は…って母ちゃんに事情を説明してさ。楓が電話してるとき、大体近くで話聞いてっから。そしたら『アタシより先にボケないでおくれよ』だってさ。ったく。NEXTだって説明したろ、って」
 くすくすと女性陣が笑い声を漏らす。虎徹は恥ずかしくなったかのように相棒に話題を振った。
「バニーはどうだったんだよ」
「前日の夕方に取材を受けてたらしいんです。きっとゲラが届いたら、こんなこと喋ったかと不思議な気分になるんでしょうね」
「お前、取材のときなんて適当な心にもないこと言ってるからだろ」
「失礼だな。それをファンサービスっていうんですよ。何でも本当のことを喋ればいいわけじゃないんですから」
 そうよぉ、と口を挟んできたのはネイサンだった。
「ファンってねぇ、『あら、ちょっと意外』って発言は聞きたいけど、憧れまで根こそぎ奪っていくようなことを言ったら途端に離れていくのよ」
「へーへー。そういうお前さんはどうだったんだよ」
「前の日の夜に、会社で会議してたはずなんだけど確かにハッキリした記憶がないのよね。でも、煮詰まった会議の印象っていつもそんなもんだから。レポートや議事録があるからそんなには困らないし」
 隣でうなずくカリーナにネイサンは顔を向けた。
「あたしも似たようなカンジ」
 カリーナはからからと笑う。
「事件当日は午前中に授業受けてたんだけど、ノート取った内容に全っ然、記憶がないの。でも、テスト前にいつもそんな思いするかもって」
「前の日は?」
「前日は放課後に友達とカラオケ行ったみたいで、財布にレシートがあったしメールの送信履歴に『またカラオケ行こうね』ってあったから、そうなのかなーって。何歌ってどんな話ししたかは全然憶えてないんだけど、重大な相談事とかされたわけじゃなかったみたいでよかったわ」
 でも、とふいに顔を曇らせる。
「楽しかったはずの思い出がなくなってるなんて、なんか変な気分」
「だよね!」
 勢い込んでうなずくのはパオリンだ。
「ボクなんて前の日の夕ご飯に何を食べたのか覚えてないんだ! ものすごく損した気分!」
 ははは…と脱力ぎみに笑う大人たちを睨みつけると、彼女は続けた。
「次の日の朝ご飯も覚えてないんだよ! 信じられる?! お昼を食べないでエマージェンシーに応じたのが…不幸中の幸いってヤツだね!」
「いいじゃない。どうせキッドの感想っていつだって『すっっごく美味しい!』でしょ?」
 カリーナが呆れたようにつぶやく。
 実は先日の特番で、ブルーローズとドラゴンキッドでグルメリポーターを引き受けたのだが、食いしん坊の期待の星のコメントはハッキリ言って期待外れでしかなかったのだ。
「だってホントだもん」
「あと、あれな。『うわー甘い!』『いい匂い!』」
 オンエアを見ていたらしい虎徹が真似をするとアントニオも尻馬に乗ってくる。
「『サクサクー!』『ホカホカー!』『パリパリー!』」
「……二人とも全然似てない。変なのー」
 パオリンは頬を膨らませてそっぽを向く。今度は、その視線の先にいた二人に向かって声をかけた。
「スカイハイさんと折紙さんは?」
「えっ」
「ほぇ」
「……何なの、その反応! っていうか二人とも大丈夫? 顔色悪いんじゃない?」
 ネイサンもギョッとしたように、今まで何の発言もしなかった二人に向き直る。
 キースとイワンの二人は、部屋の端に置かれたベンチにぐったりと腰を下ろしていた。
「本当ですね。折紙先輩が最初に記憶の抜け落ちたことに気がついてくれたんだと聞きましたが…記憶を辿るのに無理をされたんじゃないですか?」
 バーナビーもそう言うと顔を曇らせる。彼自身、NEXTによる記憶操作に苦しめられた経験があるのだ。そのときの苦痛を思い出したのかもしれない。
 相棒の虎徹も眉を寄せて尋ねた。
「おい、大丈夫かよ。折紙もスカイハイも…頭でも痛いのか? もしそうなら、家で寝てたほうがいいぞ」
「いや、大丈夫だよ…。ちょっと寝不足なだけだから」
「僕も…右に同じ、です……」
 二人のこの状態は、記憶を辿ろうとした結果だと言えないこともなかった。

  ★ ☆ ★ ☆ ★

――昨夜の、イワンの衝撃的な発言のあと。
「ちょっと待ってほしい! ど、どういうことだい?! 説明してくれないか?!」
「えっ…だから、お母さんを助けようとした男の子がNEXT能力を発動させて…今日の検査や調査でも何の能力かわからなかったみたいですけど、あの子は記憶をいじってしまうみたいな……」
「そ、それでどうして私たちが、前にも…その、こういう行為をしていると……」
 どこにダイヤルすべきか迷っているイワンから携帯電話を取り上げると、キースは勢いこんで尋ねた。
「通報もいいが、それが事実だと確認することがまずは先決だろう?!」
「僕にはぼんやりとですけど記憶があるんです。昼間も何か変だなぁって思ったんですよ」
「昼間? あの廊下でのことかい?」
「はい。今夜一緒に過ごしたい、って似たような台詞を、僕は聞いてます」
「それは、本当に私が?」
「え?! な、何ですか、僕が…前にも他の人と…って、普通はそりゃ…あってもおかしくないですけど……僕には、恥ずかしながら、今まで…うぅ……」
 自分で言いながら段々と落ち込んでいってしまうイワンにキースは慌てる。
「いやいや、そういう意味ではないよ! ドラマや映画だとか…何か別の映像や音声が記憶に引っかかってるということは?」
「違うんです。キースさんの声に表情も覚えているんですから。体験したことです。夢や妄想じゃなくて」
「そ、そうかい? それで、その……」
 ごくり、とキースが唾を飲み込む。
「……してます。怖いかい、って訊かれたり、初めてで、みたいなことを僕が言ったり…そういうやり取りが前にもあったはずで……」
 イワンは部屋を見回し、天井を見上げた。
「この景色も、見覚えがあるような……」
「そんな! 私には何も記憶がないぞ! まさかと思うけれど、そのときの私は酒に酔っているようだったとか?」
「いえ…そういうカンジはしないですね」
 うーん、と唸りながら目を瞑り、イワンはハッとしたように瞼を開けた。
「な、なんで肝心なところは思い出せないんですかね?! と、途中でキースさんに呆れられちゃったとか?!」
「そんなことあるはずがないよ! 大体それはいつのことなんだ?!」
「絶対に最近のことですよね? そうか…まず、ここ一週間にしていたことを思い出せるか、どうか……」
 イワンは頭を抱えるようにして記憶を引き出そうとする。キースが案じるように声をかけた。
「無理をしてはいけないよ。それはそうと……」
 今度はキースのほうが大きく息をつくなり頭を抱え、イワンが驚いた顔になる。
「……イワンくん、申し訳ないっ」
「え、ええ?! どうしちゃったんですか?! まさか――」
「自分が情けない! 昼間、きみに約束を取りつけたときも、それから寝室でだって…前回とほとんど同じ言動だというのは、あまりにも……」
「あ…ああ、そっちですか……」
「そっちって何だい?! 一体どういう意味の謝罪だときみは……」
「っていうか、僕とのことはキースさんにとって全然印象に残らないのかな、と思うと…なんか……まぁ、やっぱりそんなもんかって気もしますけど……」
「待ってほしい、それは誤解だよ! だから、そんなはずは!」

  ★ ☆ ★ ☆ ★

――といった具合に、それから朝まで二人はほとんど一睡のせずにああでもないこうでもないと言い合っていたのだった。
 結局、イワンが折紙サイクロンのブログやら携帯電話に残ったメモリーを眺めたことで、男の子の能力を浴びた時点から約一日分の記憶がないことに気づけたのだ。
「……皆さんお揃いのご様子ですね」
 ぐったりと首を垂れているキースとイワン、それを半円になって囲む形になったヒーローたちの背後から声がした。
「ペトロフ管理官。わざわざどうした」
 今回は嫌味のひとつも言われる義理はないぞ、という顔をする虎徹に会釈を返すと、ペトロフは全員を眺めて言う。
「どうも。各所属会社から皆さんには特段不都合はないと伺いました、が……」
 意気消沈ぎみの二人を見つけ目を留めたが、バーナビーやネイサンが手を振って構うなという身振りをすると、うなずいて話を続けた。
「昨日、付近にいた警官や報道関係者にも事情を説明して検査を受けてもらいました。やはり男の子のそばにいた場合は約24時間の記憶を失っていたようです。といっても今のところ、被害届を出す人がいるという話は入ってきていません」
 彼はNEXTに遭遇した人々の身を案じているというより、NEXT能力者の法律上の扱いのほうに興味があるようだ。仕事柄当たり前のことだとも言える。
「そうそう、面白いことがわかりました」
「なになに?」
 面白い、という言葉に反応してパオリンが顔を輝かせて尋ねた。
「男の子の近くにいた男性警官…VTRで確認したところ、折紙サイクロンの隣に映っていたのですが、彼は例外的に、ほとんど記憶を失わずに済んでいました」
「えっ、どうして」
 カリーナが小首を傾げる。
「彼には前夜、第一子が誕生していたそうです。夕方に病院に駆けつけ、それから朝方になって息子が生まれるまで妻に立ち会っていたのだとか。当人にとって重要度の高い出来事を経験している場合、NEXT能力の及ぶところではなかったようですね」
「そうよねぇ。NEXTって結局、精神力みたいなのと直結してるカンジだものね」
 ネイサンがそう同意を示し、他の皆もそのエピソードに感心したようにうなずいた。
 だが。
「うわぁああああ」
 苦悶の声が響いた。イワンだ。ベンチに座ったイワンが自分の膝に額を打ちつける鈍い音も。
「な! 何?! 何なのよ!!」
 カリーナはぎょっとして思わず一歩遠ざかっている。パオリンも心配というより、ひたすらポカンとした顔だ。
「よせよ、ほら!」
 アントニオが取り押さえようとして振り払われ、今までぐったりしていたはずのキースがその横から手を伸ばす。
「イワンくん、しっかり!」
「あああ…大事な出来事だったはずなのに! なんで僕は肝心のところの記憶が! うわぁあああ……」
「そんなことを気に病んではいけないよ! また、その…やり直せばいいじゃないか!」
「あぅあぁ……」
 正確には書き表せないような声を発するイワンを見下ろした後、虎徹は相棒を振り返った。
「『イワンくん』?」
「先輩の本名です」
「大事なことって何なんだろ? またやり直す? ナンパした女の子の連絡先とか?」
「先輩とスカイハイさんがガールハントですか? まさか……」
 バーナビーは首をひねった。
「ちょっとぉ、随分と情緒不安定だけど…これ時間差の被害なんじゃないのぉ?」
 ネイサンがしなやかな手で口元を覆った。ペトロフが眉を曇らせて言う。
「……これは専門チームを呼んだほうがいいかもしれませんね」
「待ってくれ! すぐに落ち着くから!」
 思わずキースは振り返ると皆に叫んだ。
 魂の半分抜け出たようなイワンを揺さぶりながら、後で消えた記憶のことを話して聞かせてやるべきだろうか、とキースは思案する。
 実はキースは、今朝になってから徐々に思い出し始めていたのだ。
――あの夜。あの、二人の最初の夜のこと。
 緊張に硬くなっていたイワンに幾度もキスを贈って。
 彼からも口づけを受け、徐々にお互いの吐息が熱く溶けていく。
 たどたどしくこちらの肌に触れてくるイワンの指先。
 くすぐったい、かえって焦れったくなるような刺激。それなのに、それが腰の奥で熱の形に変わる。
 そこまではよかった。
「……っ」
「う、っ…」
 ほんの少し、キースの一部とも呼べないほどの先端をイワンの中に埋めただけで、彼の額には玉のような汗が湧き、その顔が痛みに歪む。
「イワン……」
「だ…い、じょ、ぶ……」
 そうは見えない、とキースは思う。
 見上げてくる綺麗な色の瞳の縁から、生理的な涙が盛り上がっていく。感情のせいではない。彼は、苦しいのだ。
「……ほんと、すみま、せ」
 見下ろすキースの表情が変化したことに気づいたのだろう。イワンはきゅっと眉を寄せた。瞼の形も変わり、留まっていた涙が目の淵からこぼれる。
「ごめん。よそう」
 このまま進んでも、明日になってみれば大したことはなかったと笑い合えるのかもしれない。それでも、今この時点で行為を続けることはキースには困難だった。
「なん――」
 抗議の声をあげかけたイワンを抱き締めると、キースは自分の唇で彼の唇を塞ぐ。
 手を下ろしていって、キースの侵入のせいでうなだれてしまっていたイワンの性器に指を絡めた。
「んん…っ……」
「……きみが、許してくれるなら」
「許す、なんて」
「また…チャレンジさせて」
 その言い方がおかしかったのか、イワンは頬に涙の痕をつけたまま小さく笑った。
「すぐにでもしたい、って昼間言ったばっかりなのに。キースさんはアグレッシブになったり弱気になったり、忙しいです」
 もう一度、ごめんと言おうとしたキースの唇を今度はイワンから唇を押しつけて塞いで。
 それからしばらくシーツの上でじゃれあったあと、眠りについたのだ。
――イワンはあの夜の、いわゆる《失敗》した顛末は記憶から抜け落ちているらしい。
 背中を丸めて、落胆のため息をついているイワンを見下ろしながら、キースは考える。
 自他共にネガティブだと太鼓判を押されているこの恋人は、ひょっとするとひょっとして《失敗》だなんて認めたくない、かなりの頑固な心の持ち主なのではないだろうか。
 だから、イワンの消えた記憶のことを話して聞かせてやるべきかどうか迷ってしまう。
 それよりも先に、再チャレンジを果たしてしまえばいいのかな。
 ポジティブに思考の舵を切り替えたキースの頭の中の変化に気づいたかのように、イワンはふいに首を上げると不思議そうな顔をした。


  ★ ☆ ★ END ☆ ★ ☆
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Posted on 2013/05/12 Sun. 15:10 [edit]

category: SS(空折)

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